So-net無料ブログ作成
前の10件 | -

中山道歩き39の1(2017/11/26) 12月14日(木) [中山道を行く]

先週末から始まって寒い日は少し治まってきたような感じがします。

全般的には今年の冬は寒いようですね。



11月26日、27日に中山道武佐宿の続きに行ってきました。


1214title.jpg


いつものように家を朝6時過ぎに出て、小田原からひかり503号で米原まで行きました。

途中まで良い天気で富士山も見えていました。

IMG_0330.jpg

米原から東海道線で近江八幡まで行き、近江鉄道に乗り換えます。

武佐駅に着いたのは11時頃でした。

ここでは曇り空でした。

IMG_0332.jpg

武佐駅にこんな案内がありました。

あまり聞いたことが無かった「八風街道」という街道があるようです。

ここから四日市まで続いているようです。

D75_2080.jpg

準備をして、武佐駅を出発します。

D75_2083.jpg

駅の横の踏切を渡ります。

D75_2084.jpg

静かな道を進みます。

D75_2085.jpg

正面に大きな木が見えてきました。

D75_2086.jpg

ここは公園になっていました。

D75_2088.jpg

この場所は伊庭貞剛(いばていごう)の生誕の地でした。

伊庭貞剛は近江国出身の明治時代の実業家、第二代住友総理事でした

(元は裁判官でした)
 「別子銅山中興の祖」と言われ、住友新居浜精錬所の煙害問題の解決にあたりました。
植林など環境復元にも心血を注ぎ、企業の社会的責任の先駆者とも言われています。
近江源氏佐々木氏支流伊庭氏の一族。
(ウィキペディアより)

幾つかの名言があります。

友とは憎み合ったときのことを考えて付き合え、
敵とは愛し合ったときのことを考えて付き合え。


事業の進歩発達に最も害をするものは、青年の過失ではなく、
老人の跋扈(ばっこ)である。(跋扈・・・のさばる事)
<自身は58歳ですべての職を辞し、引退しました>

D75_2089.jpg

先へ進みます。

旧街道は終わり、国道8号線に合流します。

D75_2091.jpg

ここも歩道がありません。

後ろから車が次々通過します。

D75_2093.jpg

右側の畑の向こうは頻繁に新幹線が通過します。

D75_2094.jpg

反対側に歩道が見えたので、車の切れ目を見て横断しました。

D75_2095.jpg

この先で左に曲がらなければならないので渡りなおします。
(ここは信号で渡りました)

D75_2096.jpg

ここの区間は元は旧中山道ではないと思われます。

map1.jpg

この工場の敷地を通っていたと思われます。

D75_2097.jpg

旧道に入りました。

急に静かな道になりました。

D75_2098.jpg

古そうな家も並んでいます。

D75_2099.jpg


小さな児童公園に案内板が立っています。

住蓮坊首洗い池という池があります。

D75_2100.jpg

案内板によれば

住蓮坊は鎌倉時代の僧侶です。

六時礼賛を広め、後鳥羽上皇の女官が帰依したため、後鳥羽上皇の怒りにふれ処刑された。

その首を洗った池とされています。

中を見ると水はありませんでした。

D75_2102.jpg

再び国道と合流しました。

ここには歩道がありました。

D75_2104.jpg

所々に茅葺屋根の家がみえます。

一部が瓦葺になっています。

D75_2106.jpg


宿場町ではないのに、高札所跡の表示が見えます。
(高札場と言うのが普通ですがなぜかここは高札所となっています)

神社の入り口です。

D75_2108.jpg

この先に進む道は、正面の細い道です。

D75_2109.jpg

この道は交通量が多いです。

D75_2111.jpg

静かな道に入りました。

D75_2112.jpg

古い家があります。

空き家なのか、ほとんど手入れしてないようです。

D75_2113.jpg

商店街ではありませんが肉屋さんの看板が立っています。

ここのコロッケが人気があるそうです。

買いに来た人の車が2,3台店頭に止まっていました。

食べ歩きもいいですが、このところ腹の調子がよくありません。

横目で見ながら通過します。

D75_2115.jpg

肉屋さんの前は刈り取りの終った田んぼが広がっています。

右端の赤い建物が近江八幡の駅周辺です。

D75_2116.jpg

こんな道です。

旧街道歩きと言う目的が無ければ通ることはないですね。

D75_2117.jpg

後ろから来た人に抜かれてしまいました。

この人は豊郷から歩いてきて、今日は行けるところまで行って東京に帰ると言ってました。

D75_2118.jpg

遠くに新幹線が走っています。

全長400mの新幹線が1枚に収まる写真を撮れる場所はそれほどないでしょうね。

しかも間に障害物はありません。

D75_2119.jpg

道は小さな集落に入りました。

D75_2121.jpg

そのまま進むと堤防に上がる坂道になりました。

D75_2123.jpg

堤防に上がると案内板がありました。

日野川の渡し跡で通常は船の渡しだったが水量が減ると船を橋にして渡ったそうです。

広重もこの様子を描いています。

D75_2127.jpg

ここで少し休憩しました。

D75_2128.jpg

次回に続きます。



本日もご訪問ありがとうございました。



D7500
AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR


nice!(34)  コメント(12) 

大阪、神戸その他  12月12日(火) [旅行]

昨日は天気は良く、気温も多少高めでしたが、風が強く散歩するような気分になれませんでした。

今日から日本海側を中心に大荒れの天気と言う事です。

表日本は雪が降ることは無いでしょうが、寒くなるようです。



先日京都に住んでいる孫のクリスマスプレゼントを持って関西に行きました。

その他、大阪と神戸にも少しだけ行きました。

12月1日の夜です。

大阪駅に着いたのは、午後5時頃でした。

久しぶりに来たので、新しく出来たグランフロントへにちょっと寄ってみました。

並木道のイルミネーションが点いています。

D75_2442.jpg

グランフロントは、ジジババの買うものは無く、さっと通り過ぎて大阪駅にひき返します。


D75_2443.jpg

そして御堂筋の方へ行きます。

中の島のイルミネーションはまだ始まっていませんでしたが、御堂筋だけは点いているようです。

D75_2445.jpg

昼間の姿とずいぶん違います。

D75_2447.jpg

曽根崎警察署の向かい辺りから、HEP FIVEの観覧車が見えていました。

D75_2457.jpg

翌日、所用があり、神戸へ

用事が終わり港の方に行きます。

メリケン波止場には阪神大震災の被害にあった場所が一部保存してあります。

D75_2463.jpg

地震の当日は、私は横浜に来ていましたが、たまたま上海に出張中でした。

D75_2459.jpg

対岸に帆船が停泊していました。

拡大して見ると「海王丸」(2代目)でした。

D75_2465.jpg

メリケン波止場だったところはメリケンパークとして公園になっています。

D75_2467.jpg

この日は土曜日、キッチンカーが数台出ていました。

D75_2466.jpg

テレビでも放送されていましたが、大きなクリスマスツリーの準備をしていました。

上にグランドピアノが置いてあります。

この日が点灯式でした。

D75_2468.jpg

下まで枝がないとクリスマスツリーらしくありませんね。

D75_2469.jpg

ポートタワーは1963年に出来たそうです。

阪神大震災にも耐えたんですね。

私は高校生の頃に上がった記憶があります。

D75_2472.jpg

ホテルオークラは数年前に泊まりました。

D75_2475.jpg

この辺りは夜に来ると綺麗です。

D75_2479.jpg

メリケンパークオリエンタルホテル

D75_2477.jpg

一休みしようと思いましたが、スターバックスは長い行列でした。

D75_2481.jpg

仕方なく三ノ宮方面に向かいます。

途中の小さな公園は紅葉の景色が見られました。

D75_2482.jpg

後ろに控える六甲山はもう終わっているでしょう。

D75_2486.jpg

途中の街角風景です。

D75_2489.jpg

牛は喜んでないでしょうね。

D75_2490.jpg

この日は伊丹のホテルに泊まりました。

孫に会いに行ったのは翌日3日です。

++++++++++ 最近の事 +++++++++

我が家の近くのイチョウがようやく黄色になりました。
(4日前です)

D75_2537.jpg

私が通院している病院の前です。

D75_2542.jpg

大分乾きました。

D75_2532.jpg

やわらかいほうが好きな人には食べごろです。

私は固いほうがいいのでまだ干してあります。

家内はやわらか派ですので、いくつか冷凍してあります。

D75_2545.jpg

皆さん年賀状の準備は出来ましたか?

IMG_0327.jpg



本日もご訪問ありがとうございました。



次回は中山道、道中記(武佐駅から)です。



D7500
AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR

nice!(65)  コメント(28) 

中山道歩き38の4(2017/11/13) 12月10日(日) [中山道を行く]

寒い日が続きます。

昨日は気持ちの良い晴天でしたが、空気が冷たくて外に出ると体が冷えてしまいました。

昨日は都内に住んでいる息子達が来て、孫と楽しい時間を過ごしました。

1歳半ですが、会うたびに成長しています。

今週は寒波がやって来るとか。

気をつけねばなりませんね。

中山道歩きの続きです。

1210title.jpg

国道8号線の地下道を通って静かな道になりました。

奥石(おいそ)神社の入り口に来ました。

奥の森は、老蘇(おいそ)の森といわれ、万葉の昔から、歌に詠まれた名高い森です。

D75_1971.jpg

200mほどこの様な道をすすむと、正式な参道がありました。

中までは入りませんでしたが、立派な社殿があるようです。

D75_1975.jpg

道路には所々にこのような石柱が立っています。

ここは「陣屋小路」ですが、この他にXX小路が沢山ありました。

D75_1978.jpg

陣屋小路を覗くとこんな道でした。

昔はこの奥に陣屋があったのでしょうが、今は普通の住宅があるだけでした。

D75_1979.jpg

また大きな屋敷がありました。

この屋敷は杉原氏というお医者さんの家で、緑苔園と言う庭園があるそうです。(非公開)

この屋敷の他に500平米の緑苔園があります。

D75_1983.jpg

家並みが途切れ広い道になりました。

D75_1984.jpg

鎌若宮神社という神社がありました。

元は若宮神社と言われ、奥石神社から分かれた神社だそうです。

D75_1986.jpg

普通の家より大きいぐらいの長屋門などが見られます。

D75_1987.jpg

東光寺と言うお寺がありました。

この場所より三重県寄りに同じ名前の紅葉がきれいなお寺があるそうです。

D75_1988.jpg

今回の旅の自撮り写真です。

D75_1990.jpg

明るい道路になりました。

D75_1991.jpg

この辺りは西生来(にしょうらい)と言う地名です。

手作り感のある案内です。

D75_1992.jpg

道の両側には家が並んできました。

D75_1993.jpg

一里塚跡の石柱が立っています。

D75_1996.jpg

近江八幡市になったようです。

D75_1997.jpg

小さな川を渡ります。

D75_1998.jpg

武佐宿の氏神様である牟佐(むさ)神社があり、この辺りから武佐宿が始まります。

D75_2000.jpg

この辺りに高札場があったようです。
(今はゴミ集積場)

D75_2001.jpg

脇本陣跡には集会場がありました。
(集会場と言っても、和風建築です)

D75_2002.jpg

向かいには洋風な建物があります。

旧八幡警察署武佐分署庁舎で登録有形文化財です。

D75_2004.jpg

休憩所もありましたがお休みでした

D75_2006.jpg


武佐宿は江戸から66番目の宿場で、本陣、脇本陣各1軒、旅籠3軒でした。

京都から11里、健脚の旅人の1泊目の宿場だったそうです。

本陣跡の建物です。
(本陣を務めた石橋家)

D75_2008.jpg

所々に、小学生の描いた案内板があります。

D75_2010.jpg

結構長い宿場町です。

D75_2011.jpg

こんな所でカラオケ??

D75_2012.jpg

喫茶もあるようですが通過します。

D75_2013.jpg

高札場跡の案内があり、宿場町の終わりです。

D75_2014.jpg

直進すると道は桝形になっていて、曲ったところに近江鉄道の武佐駅がありました。

D75_2015.jpg

丁度電車が来る頃でした。

来た電車に飛び乗り、近江八幡へ出て、米原経由で帰りました。

11月12日、13日はこんなところを歩きました。

1210map.jpg

本日もご訪問ありがとうございました。



次回(12月12日)は先日行った神戸、大阪の景色です。


12月14日から中山道歩きの記事になります。



D7500
AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR

nice!(85)  コメント(28) 

中山道歩き38の3(2017/11/13) 12月8日(金) [中山道を行く]

今週は、昨日、一昨日病院通いが続きました。

天気もよく出かけるには問題ないのですが、風が吹くと寒いです。

今日は冷たい雨になるようです。

着るものがだんだんと真冬になってきました。



中山道続きます

1208title.jpg

六心の訓の横でしばらく休憩してから、歩き始めした。

最近できたばかりのような茅葺屋根の家に遭遇しました。

Googleのストリートビューで見ると同じ場所に古い茅葺屋根の家がありました。
(2013年の撮影でしたが、トタンでカバーをしてありました)

新築かどうかわかりませんが、今の時代に茅葺屋根の家を作るとずいぶん高価でしょうね。


D75_1923.jpg

進んでいくと小さな広場がありました。

江戸幕府が文化三年(1806)に作った街道絵図を拡大したものが掲示されていました。

D75_1926.jpg

この場所はこの辺りのようです。

D75_1928.jpg

この辺りだけ歩道がありました。

D75_1925.jpg

上の写真で洋風の建物がありますが、旧松居家住宅洋館です。(大正14年築)
(登録有形文化財)

昭和39年まで五個荘郵便局として使われていたそうです。

コンクリート造りの建物の様に見えますが、木造で外壁はモルタルを塗っています。
(モルタルの下には鉄網が貼ってあります)

D75_1930.jpg

向かいには大きな屋敷があります。

門の前には大きな鐘があります。

D75_1933.jpg

しばらく進むと静かな道になり、大きな常夜灯が立っていました。

左 いせと言う文字が見えます。

D75_1935.jpg

所々に新しい家も見られます。

D75_1936.jpg

上の写真の道を直進し、しばらく歩くと「北町屋の郷」という標柱が立っていました。

北町屋はこの辺りの地名です。

後ろの建物は公民館みたいな感じです。

D75_1940.jpg

すぐ隣はこんな建物がありました。

D75_1941.jpg

この建物は時々公開されるそうです。

D75_1943.jpg

12時半頃です、先に進みましょう。

少し広い道を横切ります。

交差点の向こうに茅葺屋根の絵が見えます。

D75_1944.jpg

直進し、しばらく歩くと、また茅葺屋根の家がありました。

トタンのカバーはありません。

D75_1946.jpg

一里塚跡の石柱がありました。

今日のゴールは武佐です。

あと一里です。

D75_1948.jpg

静かな道は国道と合流します。

D75_1949.jpg

国道を約100m歩き横断して小路に入りました。

清水鼻の名水に着きました。

D75_1953.jpg

綺麗な水でした。

D75_1954.jpg

湖東三名水の一つだそうです。

D75_1955.jpg

小さな集落の静かな道を進みます。

D75_1956.jpg

さて、どちらに行くべきか??

D75_1959.jpg

よく見たら、色あせた案内がありました。

左折です。

D75_1960.jpg

家並みが途切れ、見通しが良くなりました。

正面は国道八号線と新幹線です。

D75_1962.jpg

右側の景色が良かったので、何枚も撮りました。

D75_1963.jpg

山の紅葉も始まっています。

D75_1964.jpg

空も青空が広がっていました。

D75_1965.jpg

やがて国道に合流し新幹線の下を通ります。

D75_1966.jpg

100mぐらい歩くと、国道を渡る地下道がありました。

D75_1968.jpg

地下道を出ると石柱の案内がありました。

あれ? 武佐まで一里?

さっきの一里は??
(この間、1.5km位あります)

この日は近江鉄道武佐駅まで行くつもりでした。

頑張って進みましょう。

D75_1969.jpg

次回に続きます。



本日もご訪問ありがとうございました。



D7500
AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR

nice!(78)  コメント(24) 

中山道歩き38の2(2017/11/13) 12月6日(水) [中山道を行く]

昨日は暖かい日でしたが、西日本では雪のところもありましたね。

関東地方も今日から寒くなるようです。

冬対策が必要です。



中山道の続きです。

1206title.jpg

愛知川宿の休憩所で休んだ後、旅を続けます。

駅からの道の交差点に広重の絵のモニュメントがありました。

写真を撮った時には気が付きませんでしたが、左端に写っている黒い箱のような物。

明治時代のポストを模して作られた、ポストです。

今でも利用可能です。

D75_1876.jpg

本陣とか脇本陣は表示してあるだけで何も残っていないようです。

本陣跡の表示がありました。

実際の場所は写っている建物の場所ではなく手前の場所です。

D75_1878.jpg

勉強する場所と言う意味では間違っていませんが・・

D75_1881.jpg

「伊吹正」と言う看板を掛けた建物がありました。

調べてみたら、主に列車のトイレに使う脱臭消毒剤のメーカーでした。

D75_1882.jpg

細い道が続きます。

D75_1883.jpg

板壁の屋敷がありました。

竹平楼と言う料亭のようです。

D75_1884.jpg

宝暦八年(1758)創業の料理旅館で、今でも日本料理の店として営業中です。

創業時は「竹の子屋」という屋号でした。
< 私とは何の関係もありません(笑)>

明治天皇が行幸の時に泊まったという部屋があります。

その時には岩倉具視、大隈重信、なども一緒だったそうです。

D75_1885.jpg

こういうところで昼食を食べるわけにはいきません。

先に進みます。

街灯のデザインが少し違う物がある事に気づきました。

前記事、この記事の二つ目の写真とも違います。

D75_1887.jpg

先に進むと小さな川がありました。

「不飲川」(のまずがわ)と言う川です。

この川の上流で平将門の首を洗い、川が血に染まって飲まなくなったという事です。

D75_1889.jpg

愛知川宿の町並みも終わりになりました。

D75_1891.jpg

ここで国道8号線に入り、歩道のない国道歩きになります。

D75_1892.jpg

交通量は多い道です。

この先に橋がありますが歩道があるかどうか心配です。

D75_1893.jpg

橋のたもとに大きな常夜灯が立っています。

D75_1894.jpg

幸い橋には歩道がありました。

御幸橋と言います。

D75_1895.jpg

橋を渡る時は左右を見たくなります。

琵琶湖方面に流れる下流側です。

D75_1896.jpg

上流側は近江鉄道の鉄橋があり、ちょうど、電車が、通過しました。

D75_1898.jpg

道路の案内に大津の文字が出てきました。
(近江八幡は近いですが、大津はまだ遠いです)

D75_1899.jpg

この辺りを描いた広重の絵です。

今は愛知川ですが、昔は恵知川だったようですね。

65_echigawa.jpg


橋を渡り左に曲がります。

交通量が多いです。

D75_1900.jpg

直ぐに右に入る道がありました。

D75_1901.jpg

静かな道に入りホッとします。

D75_1902.jpg

東嶺禅師とは臨済宗の高僧です。

D75_1903.jpg

茅葺屋根の家も残っており、近江鉄道の踏切を渡ります。

D75_1904.jpg

小幡神社の御旅所がありました。

どんな神輿があるのでしょう。

D75_1908.jpg

向かいには久しぶりに杉玉を見ました。

D75_1907.jpg

中澤酒造と言う酒屋さんですが、2000年に一度休業したけれど2015年再興した蔵元です。

D75_1910.jpg

石の道標がありました。

よく読めませんが、右は京都、左は伊勢ですね。

D75_1911.jpg

進んでいくと少し古い家がありました。

D75_1915.jpg

なんと!!

時代劇で見るような玄関でした。

D75_1914.jpg

この辺りは五個荘という地区です。

このような大きな家が沢山あります。

D75_1916.jpg

いかにも旧街道を思わせるような松ですね。

D75_1918.jpg

この地域のまちづくり協議会が「六心の訓」の推進をしているそうです。

「六心の訓」は近江商人発祥の地と言われる五個荘地区で「三方良し」と共に継がれてきたそうです。

六心の訓(おしえ)
   はい      素直な心
 すみません    反省の心
 ありがとう    感謝の心
 わたしがします  奉仕の心
どうぞ       互譲の心
おかげさまで    謙虚な心

言葉をかみしめながら休憩をしました。

D75_1919.jpg

次回に続きます。

本日もご訪問ありがとうございました。



D7500
AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR





タグ:六心の訓
nice!(74)  コメント(24) 

中山道歩き38の1(2017/11/13) 12月4日(月) [中山道を行く]

昨日と一昨日、孫に会いに、関西の方に出かけていました。

昨日の帰りおおきな満月が新幹線から見えていました。



中山道11月12日、13日の中山道二日目の記事になります。

今日現在、まだゴールしてませんが、ゴール近くまで来ています。

記事更新が間に合っていませんので、記事更新途中にゴールをしても、そのまま続けます。
(ゴールの記事は最後にしたいので)

1204title.jpg

11月12日の夜は彦根駅近くのホテル泊まり、朝を迎えました。

この日も良い天気でした。

彦根駅から見る佐和山。
(石田三成の居城があったところです)

D75_1824.jpg

彦根駅から近江鉄道に乗り、前日乗車した豊郷駅で下りました。

こんな黄色い電車でした。

D75_1826.jpg

前日急いでいたので、よく見なかった豊郷駅です。

D75_1828.jpg

数分歩いて中山道に戻りました。

9:00頃スタートしました。

D75_1829.jpg

大きな屋敷があります。

D75_1832.jpg

伊藤忠商事の創業者伊藤忠兵衛の生家です。

麻の卸業を滋賀県で創業しました。

その後大阪で、紅忠(べんちゅう)を創立し大阪が本拠地になりました。

今の丸紅も元は同じ会社でした。

この建物は今は記念館にされています。

D75_1831.jpg

記念館も興味がありますが、前へ進みます。

神社の石柱があったので横を見ると、通りの向こうに鳥居が見えました。

左の建物は酒蔵でした。(造り酒屋)

D75_1834.jpg

賑やかな幟が立っています。

近州音頭発祥の地とありますが、正式にはここではありません。

D75_1838.jpg

小さな公園になっていました。

D75_1839.jpg

進んでいくと、「又十屋敷」と言う看板が立っていました。

江戸時代後期、「又十」と言う商号で呉服屋を始めた藤野喜兵衛嘉昌の旧宅です。

その後北海道に渡り、廻船業を始め、後には缶詰などの製造を始めたと言われます。

後の「あけぼの缶詰」です。

中は資料館になっていますが定休日でした。

D75_1840.jpg

こちらの門が屋敷の門です。

D75_1846.jpg

横には一里塚跡の石柱が立っていました。

D75_1842.jpg

進んでいくと、江州音頭発祥の地はこちらでした。

D75_1848.jpg

道の両側は農地になります。

こういう道は気持ちがいいですね。


D75_1852.jpg

やがて、宇曽川という川に来ました。

歌詰橋という橋で、昔は丸太を並べて土を塗った土橋だったそうです。

D75_1853.jpg

こちらは下流方向で琵琶湖に向かって流れています。

D75_1854.jpg

石部神社という神社がありました。

20kmぐらい離れた所に石部宿という東海道の宿場町がありますが関係あるのか??

D75_1857.jpg

沓掛と言う地名は今までも沢山ありました。

D75_1858.jpg

道は町中に入って行きました。

中山道は右です。

D75_1859.jpg

カバーをしてありますが、茅葺屋根の家も残っています。

D75_1860.jpg

住宅街が続きます。

D75_1862.jpg

町中に入ると神社かお寺があるのが普通ですが、と思いながら進んでいくと神社がありました。

河脇神社と言う神社でした。

D75_1865.jpg

そのまま進むと愛知川(えちがわ)宿の入り口に来ました。

D75_1868.jpg

まだ宿場の中心地ではありません。

大きな屋敷があります。

D75_1871.jpg

門の横にこんな表示がありました。

この屋敷は昔、麻織物商を営んでいた田中家の別邸だそうです。

D75_1870.jpg

街灯のデザインも変わってきました。

D75_1872.jpg

和菓子屋さんがありました。

しろ平老舗という店で、1865年創業のお店です。

D75_1874.jpg

少し買って帰りました。

「きんかん大福」と「湖穀大福」(?)


黄色くみえるのはきんかんの甘露煮です。

美味しいお菓子でした。

柔らかいのできれいに切れませんでした

IMG_0319.jpg

少し進むと休憩所がありました。

ボランティアのスタッフの人に暖かいお茶入れていただき、しばらくお話ししました。

D75_1875.jpg

この先、愛知川宿の中心地に進みます。

次回に続きます。



本日もご訪問ありがとうございました。



D7500
AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR



タグ:愛知川宿
nice!(78)  コメント(26) 

北鎌倉の秋 12月2日(土) [鎌倉の寺社]

中山道の記事はお休みして、近所の話題です。

11月24日(金)に久しぶりに北鎌倉に行きました。

天気もよく、前日は祭日で4連休の人もいるのではないかという日でしたので多くの人でした。

北鎌倉駅の円覚寺の前は、待ち合わせの人であふれていました。

円覚寺の総門前のモミジは紅葉が見頃を迎えていました。

D81_4783.jpg

スマホで写真を撮っています。

左手に持ったドリンクは大丈夫でしょうか?

D81_4780.jpg

駅からしばらく歩き、着いたところはこのお寺です。

基本的に、金、土、日、祝日しか入れません。

D81_4790.jpg

落ち着いたお寺で好きなお寺です。

D81_4792.jpg

長寿寺です。

春には来たことはありますが、秋に来た事はありませんでした

D81_4797.jpg

中の掛け軸などもいつも興味を持ってみています。

お分かりだと思いますが、禅宗のお寺です。
(建長寺の境外塔頭です)

D81_4799.jpg

下の引き戸の絵は古い物ですね。

D81_4806.jpg

寿限無とは落語の言葉で有名ですが、本来は「寿命が限りなく長い事」です。

D81_4807.jpg

昼なお暗い森の中で道を他人に尋ねるものはそれに依って道を失うことがある。
静かに目を閉じて自ら開拓するものは永遠に明るい。

D81_4811.jpg

前庭には観音堂があります。

後ろのイチョウはまだ緑の葉が残っていました。

D81_4814.jpg

横には赤くなった紅葉も見られます。

D81_4803.jpg

苔庭の中に蛙が二匹

D81_4801.jpg

観音堂内の観音様。

天井の絵も素晴らしいです。

D81_4816.jpg

日差しがきつく、写真を撮るにはちょっと・・  曇天の方がよかった。

雨が降ると、この寺は公開されないそうです。

D81_4826.jpg

ここまで来たので、帰りに東慶寺にちょっと寄り道です。

宝蔵の横の大きなイチョウの木は早すぎました。

D81_4849.jpg

奥の墓地周辺のモミジはまだ緑です。

D81_4839.jpg

十月桜は可憐に咲いていました。

D81_4836.jpg

約1週間前ですので、今はどうなっているでしょう。

D81_4852.jpg

早目に引き上げました。

鎌倉の紅葉は例年12月10日頃まで楽しめます。



今年も果物屋さんに予約していましたが、10月の2週連続の台風でほとんど落ちて不作だそうです。

1週間前にやっと入荷したと連絡があり、今年も何とか出来ました。

この先が楽しみです。

D81_4854.jpg

本日もご訪問ありがとうございました。

昨日から、ちょっと出かけています。
(今回は中山道ではありません)

コメントのお返事は帰ってからさせていただきます。



D810
AF-S NIKKOR 24-120mm f/4G ED VR

nice!(67)  コメント(22) 

中山道歩き37の3(2017/11/12) 11月30日(木) [中山道を行く]

昨日は暖かく天気も良くお出かけ日和でした。

こういう日に限って、病院の通院と重なります。

明日から12月、今年も残り1ヵ月になりました。

健康に注意し、元気に新年を迎えましょう。

1130title.jpg

多賀大社の大鳥居の前を通ると高宮宿の中心部に入ります。

D75_1756.jpg
(前記事最後の写真です)

中山道を歩いていると、芭蕉の句碑があちこちに見られます。

芭蕉にちなんだ場所の一つ、紙子塚です。

D75_1758.jpg

説明板の拡大です。

D75_1759.jpg

同じような建物ですが、脇本陣跡に建っている建物です。

D75_1760.jpg

高宮宿は江戸から64番目の宿場町です。

本陣1、脇本陣2、旅籠数23の大きな宿場町だったようです。

多賀神社の門前町でもありずいぶんにぎわったそうです。

又、特産物の高宮上布の集散地として経済力豊かな宿場町だったとの事。

こちらは本陣跡で、門だけ残っています。

本陣の建坪は約百坪だったそうです。

D75_1762.jpg

本陣跡の向かいに立派なお寺がありました。

D75_1765.jpg

中に入って見ました。

浄土真宗の円照寺と言うお寺です。

D75_1766.jpg

宿場町を進みます。

和菓子屋さんが目につきます。
(この他にもありました)

翌日も歩くので、ここで土産を買うわけにはいきません。

D75_1767.jpg

宿場町の町並みは終わり、犬上川と言う川に来ました。

案内板がありました。

天保のはじめ、彦根藩はこの地の富豪達に呼びかけ、橋をかけることを命じた。
当時、川渡しや仮橋が有料であったが、この橋は渡り賃をとらなかった。
そのため「無賃橋(むちんばし)」とよばれた。

橋のたもとに小さな地蔵堂と石柱が立っていました。

D75_1769.jpg

橋を渡ります。

こちらは下流側の光景です。

D75_1771.jpg

上流側は鈴鹿山脈の山が見えます。

丁度新幹線が通って行きました。

D75_1772.jpg

この辺りの光景を広重は描いています。

背負っている籠のような物は、この地の特産の高宮上布です。

64_takamiya.jpg

橋を渡ると、少し広い道になり、旧街道の雰囲気とは異なります。
(恐らく、旧街道を拡張して作られた道だと思います)

D75_1773.jpg

やがて家並みは途切れ、視界が広がりました。

左側には、刈り取りの終った田んぼが広がっています。

D75_1776.jpg

漫画のような街道案内図がありました。

D75_1777.jpg

進んでいくとお寺がありました。

地福寺地蔵堂(月通寺)と言うそうです。

D75_1778.jpg

門の前にはこういう石柱が立っています。

酒、肉、五辛の臭いが付いた者入るべからずという意味でしょうか。

五辛とは、大蒜(にんにく)、韮(にら)、葱(ねぎ)、辣韭(らっきょう)、野蒜(のびる)です。

仏教ではこれらの物を食べるのは避けるようです。

この石柱は他のお寺の前でも見ました。

D75_1780.jpg

街道を進んでいくとこんな建物があります。

D75_1782.jpg

説明書きによれば、この奥に小さな祠があるようです。

D75_1781.jpg

お寺が並びます。

還相寺と言うお寺です。

街道の前面に鐘楼があるのも珍しいです。

D75_1784.jpg

道は松並木になります。

D75_1788.jpg

彦根市はこの辺りで終りみたいです。

彦根市の入り口にも同じようなものが立っていました。

左の石柱には、「またおいでやす」と彫ってあります。

D75_1791.jpg

休憩所のような物がありましたが、何も説明がありませんでした。

D75_1796.jpg

街の中に入っていきます。

D75_1798.jpg

このような塀の家が沢山あります。

D75_1802.jpg

この塀はどうやって固定しているのでしょう。

乗せてあるだけのような気がします。

D75_1800.jpg

家並みが途切れ、白いきれいな建物が現れました。

昭和12年、ヴォーリス設計の豊郷小学校が建てられました。
平成11年頃、建て替え問題で当時の町長リコール問題まで起きた校舎です。
現在は、改修されて、教育委員会や図書館になっています。

中も入れるそうですが、電車の時間の問題で正面からの写真だけです。
(校内の様子は、私の記事にいつもコメントいただいているkuwachanさんの記事にあります)

kuwachanさんの記事はこちらです。

D75_1805.jpg

すぐ横に一里塚がありました。

D75_1807.jpg

この日の予定は愛知川宿まで行く予定でしたが、電車の都合でここで打ち切りました。

中山道から離れ、5分位で豊郷駅に着きました。

D75_1811.jpg

この時午後3時20分です。

こんなダイヤなので15時26分の電車に乗らないと1時間後になります。

D75_1827.jpg


高架の線路は東海道新幹線です。

D75_1810.jpg

電車は定刻に来ました。

また「お~い茶」の電車です。

D75_1812.jpg

約20分程で彦根駅に着きました。

D75_1815.jpg

今回は10月に泊まったホテルとは違い駅の反対側のホテルに泊まります。

駅を出ると近江鉄道の古い電車などが並んでいます。

D75_1816.jpg

こんな電気機関車も並んでいました。

D75_1817.jpg

そしてこんな電車も

D75_1820.jpg

ホテルはすぐ近くです。

秋の日暮れは早いです。

直ぐに暗くなりました。



本日もご訪問ありがとうございました。

次回の記事は、11月24日に行った北鎌倉の記事です。
(12月2日更新予定)

中山道の続きは12月4日になります。



D7500
AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR



nice!(81)  コメント(24) 

中山道歩き37の2(2017/11/12) 11月28日(火) [中山道を行く]

昨日まで出かけていました。

昨日は暖かい日で気持ちよく歩けました。

中山道も残り3%位になりました。

記事のアップが遅れ気味です。
(今日の記事は11月12日です)

前回記事の続きです。


1128title.jpg

鳥居本宿を出て、紅葉の中山道を続けます。

D75_1703.jpg

東海道新幹線のガード下を通ります。

D75_1707.jpg

しばらく新幹線沿いに進むと集落に入り、家並みが続きます。

ある民家の軒下に彫刻のような物が見えました。

この家だけでしたので、ちょっと珍しい感じがしました。

D75_1709.jpg

神社の前を通りました。

通り過ぎてから撮った写真です。

D75_1711.jpg

鳥居の下に、こんな石碑が建っています。

神社の中に句碑があるそうです。

中までは入りませんでした。

D75_1710.jpg

名神高速道路の彦根インターチェンジの近くまで来ました。

五百らかんの石柱が立っています。

どこかにあるかと思って周りを見ましたがありません。
(後で調べたら、ここから1kmも離れていました)

D75_1712.jpg

名神高速道路の本線から料金所に向かう道路の下を通ります。

D75_1713.jpg

大きな常夜灯が立っています。

多賀大社のものです。

D75_1714.jpg

交差点を横切ります。

この日は日曜日混雑していました。

D75_1716.jpg

交差点の先にコンビニがありました。

飲み物を補給です。

D75_1717.jpg

細い道が続きます。

車が近づくと写真は撮りませんが、結構通ります。

D75_1718.jpg

所々で綺麗な紅葉が見られます。

D75_1722.jpg

この辺りは「地蔵」と言うようです。

特に有名な地蔵とかはありません。

D75_1723.jpg

芹川と言う川を渡ります。

向こう側が琵琶湖です。

D75_1724.jpg

川を渡ったところに小さな公園があり、休憩です。

綺麗な紅葉の下で昼食を食べます。

D75_1725.jpg

こんな所ではゆっくり休みたいですがそうも言っておられません。

D75_1726.jpg

ここの傍らに地蔵堂があり、横にはお地蔵さんが勢ぞろいです。

D75_1728.jpg

休憩を終わり出発しました。

是より多賀みちと読めますがこの方向には行きません。

D75_1729.jpg

石清水神社の入り口がありました。

綺麗な紅葉です。

D75_1730.jpg

唯称寺と言うお寺がありました。

室町時代から続く、由緒あるお寺のようです。

立派な山門です。

D75_1731.jpg

家の途切れたところからきれいな景色が見えます。

D75_1733.jpg

近江鉄道の踏切を渡ります。

D75_1735.jpg

しばらく行くと広い通りを横断し、渡ったところに地蔵堂が立っています。

木之本分身地蔵といい、木之本の浄信寺にある眼病の御利益のあるお地蔵様の分身と言われています。
(木之本とは湖北にある地名です)

中には木で作られたお地蔵様があるようです。

D75_1736.jpg

ここにも石のお地蔵様が並んでいました。

D75_1740.jpg

民家の玄関にパンフレットが置いてありました。

いよいよ高宮宿に入ったようです。

D75_1741.jpg

うだつのある家が並びます。

D75_1743.jpg

中に灯りが点くのかどうかわかりませんが、あちこちに付いています。

D75_1747.jpg

地元の神社、高宮神社です。

D75_1748.jpg

ここでは春の大祭には太鼓祭りと言う賑やかなお祭りがあるようです。

17町より太鼓や鉦が集まります。


D75_1742.jpg

高宮は室町時代から有名になっていた高宮上布の集散地として有名です。

高宮上布の問屋だった建物を利用した、コミュニティスペースです。

休憩所のようですが、臨時休業の札が出ていました。

D75_1752.jpg

街角にちょうちん屋さんがありました。

ガラスのショーウィンドウの中に入っているので写り込みで写真が撮れません。

D75_1755.jpg

ここから多賀大社の参道があり、大きな鳥居が立っています。

D75_1756.jpg

多賀大社は、ここから約3km先にあります。

1128map.jpg

次回に続きます。

本日もご訪問ありがとうございました。



D7500
AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR

nice!(84)  コメント(27) 

中山道歩き37の1(2017/11/12) 11月25日(土) [中山道を行く]

昨日は天気もよく、気温もまずまずでした。

久しぶりに北鎌倉に行ってきましたが、紅葉も進み多くの人が来ていました。

しばらく混雑するでしょうね。



中山道の記事に戻ります。

37日目になりました。

1125title.jpg

11月12日、13日の二日間かけて行ってきました。

今回の予定は鳥居本から武佐までです。

1123mapa.jpg

いつもの通り、小田原から新幹線に乗ります。

天気は良く富士山も綺麗に見えました。

この時はこんな姿でしたが、今はもっと白いでしょう。

D75_1654.jpg

本題から外れますが、昨夕の富士山はこんな姿でした。

頂上付近だけ小さな雲が見え、強い風が吹いているようです。


D75_2078.jpg

この日は米原まで行きます。

9:40頃、伊吹山の姿が見えると米原です。

D75_1660.jpg

米原で近江鉄道に乗り換え、鳥居本駅に着いたのが10時過ぎでした。

D75_1661.jpg

身支度を整えて出発です。

駅前の家は古い家ですが、その先には新しい現代風の家が建っています。

D75_1662.jpg

駅から100m足らずで中山道に戻ります。


鳥居本(とりいもと)宿の脇本陣跡です。

D75_1663.jpg

中山道を歩き始めます。

D75_1665.jpg

このような建物はほとんど二階部分に虫籠窓(むしこまど)がついています。

D75_1666.jpg

前々回の記事にもありましたがまた合羽屋さんがありました。

D75_1667.jpg

昔は合羽を製造販売していたようですが、戦後は縄づくりをしていたようです。

D75_1668.jpg

合羽の形の看板ですが、包紙紐荷造材料となっています。

D75_1669.jpg

玄関にはこれも架かっていました。

D75_1670.jpg

街道にはお地蔵さん等が入った小さな祠がよくあります。

これは檜皮葺きの屋根です。

とても珍しいです。

D75_1671.jpg

こんな道を進みますが、鳥居本宿までの道と違い、車が多く思うように歩けません。
(車が切れた時に撮っています)

D75_1674.jpg

また合羽屋さんがありました。

最盛期には18軒あったそうです。

合羽は、和紙に柿渋を塗って、さらにその上に油を塗った紙からできています。

D75_1675.jpg

これはただの飾りでしょう。

D75_1677.jpg

この建物は国有形文化財のプレートが貼ってありますが、特に説明はありませんでした。

立派な家です。

D75_1679.jpg

専宗寺と言うお寺がありました。

聖徳太子開祖と言われてます。(?)

元々、佐和山(彦根駅付近)の下にあったようですが移転されました。

D75_1680.jpg

このような建物が幾つも続きます。

D75_1682.jpg

石の道標がありました。

彦根道の分岐です。

昔、朝鮮通信使が何度も通ったので朝鮮人街道とも呼ばれていたそうです。

D75_1683.jpg

家並みが途切れ眺めの良い街道歩きになります。

ただし、先には集落が見えます。

D75_1684.jpg

直ぐ傍には東海道新幹線が通っています。

D75_1687.jpg

反対側には名神高速道路があります。

D75_1688.jpg

秋らしい景色です。

ここで新幹線が来るといいですが。

頻繁に通りますが、待っていると来ません。

D75_1691.jpg

しばらく進むと、小野と言う集落に入っていきます。

中山道以前の東山道の宿駅だったそうです。

ここには江戸時代から伝わる太鼓踊りがあり、5年前に76年ぶりに復活しました。

D75_1693.jpg

進んでいくと、一軒の家からお婆さんが出てきました。

玄関の前にお地蔵さんがあり、線香を持って出てきたところでした。

これから出かけるのか、お化粧もされていました。

ちょっと立ち話、「このお地蔵さんのおかげで元気です」等・・

90歳だそうです。

D75_1694.jpg

進みます。

大きな灯篭がありました。

D75_1697.jpg

八幡神社です。

太鼓踊りはこの神社に奉納されるそうです。

社殿は新幹線の奥の方にあるようです。

D75_1698.jpg

小さな地蔵堂がありました。

小野小町はこの地で生まれたとのことですが、全国各地に誕生の地、お墓があるので・・・?

D75_1701.jpg

昔はここにお茶屋があったとか

お多賀さんというのは多賀大社の事です。

D75_1706.jpg

中山道が続きます。

D75_1703.jpg

次回に続きます。

明日から出かけますので、次回更新は28日の予定です。



本日もご訪問ありがとうございました。




D7500
AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR




nice!(95)  コメント(27) 
前の10件 | -