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中山道歩き34の4(2017/9/30) 10月24日(火) [中山道を行く]

一昨日午後からSo-netの調子が悪く更新データを作ることが出来ませんでした。

昨日もお昼過ぎまで使えませんでした。

一日遅れの更新です。



昨日の朝は台風の影響で交通機関乱れもあり、お勤めの方はお疲れさまでした。

10時ごろには雨が上がり、良い天気になりました。

昼頃の景色です。

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夕方には富士山の雲も消え、綺麗なシルエットを見ることが出来ました。

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中山道の記事が続きます。

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昼飯大塚古墳を見上げて少し休憩しました。

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元の道に戻ります。

すぐに小ぎれいなお寺が見えました。

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如来寺と言うお寺で、善光寺と関係があるようです。

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さて、この辺りの地名は大垣市昼飯町です。

「ひるめし」ではなく「ひるい」です。

そうは言ってもひるめしから来ているようです。

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進んでいくと横切るように線路があります。

この線路は東海道本線ですが、ちょっと特別な線路です。

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この辺りの地図です。

赤い線が旧中山道で、この日歩いたところです。
地図を見ると東海道本線が二つあります。
東海道本線は出来た時は大垣から地図上の下の線路を通っていました。
大垣から関ヶ原方面は急な坂になっており、大垣駅で機関車を増結して運行していました。
戦時中の輸送力増強のため、増結、切り離しの手間を省くために勾配の緩い迂回線が作られました。
出来た当時は下り列車はこの線を通っていました。


現在、迂回線には下りの貨物列車、特急列車などが走るだけです。

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東海道本線の下り線は古い設備なので各駅停車しか走っていません。
関ケ原駅始発の上り電車(一日2本程度)は関ケ原垂井間の下り線を逆走します。
垂井駅を過ぎてから上り線に入る変則的な路線です。

以上ネットから流用の図です。

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以上の事はにわか勉強です。

これが迂回線の方です。
(下り列車しか通らないので、単線です)

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通り過ぎてから、ガタゴト音が聞こえるので、振返ると偶々貨物列車が通るところでした。

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今回の旅で、カーブミラー写真を撮っていませんでした。

9月30日で夏のような気温だったので半袖です。

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進んでいくと「照手姫の水汲み井戸」の案内があったので、道から外れて行ってみました。

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案内板の拡大です。

こういう言い伝え話は、街道歩きをしているとあちこちにあります。

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井戸は網で覆われていました。

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道に戻って進んでいくと、中山道青墓宿の柱が立っていました。

青墓宿という宿場は中山道にはありません。


青墓宿は、奈良時代からある幹線道路「東山道」の宿場として始まった場所です。


江戸時代、中山道の赤坂宿の繁栄と共に衰退しました。

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広い道路を渡ったところにコンビニがありました。

この日、中山道を歩いていて初めてのコンビニです。


飲み物を買ってイートインコーナーでしばらく休憩です。

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わずかな休憩の後、旧中山道を進みます。


両側に住宅が並ぶ、歩道のない狭い道です。


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抜け道になっているのか、車も次々通ります。

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一里塚跡の石柱と常夜灯が立っていました。

青野ヶ原一里塚で江戸から111番目になります。

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ここから道路は少し広くなり歩道も付いています。

彼岸花や柿の実が色を添えます。

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材木屋さんの倉庫にこんなものがぶら下がっていました。

カラスよけなんでしょうか?
(効果があるのかな)

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お地蔵さんが並んでいました。

平尾御坊とはここの北にある平尾御坊願證寺と言うお寺の事です。

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コンビニよりさらに大きいスーパーマーケットの横を通ります。

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伊吹山が近くなりました

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三叉路に突き当り、角には追分の石碑があります。

中山道と大垣みちの分かれ目です。

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相川と言う川を渡ります。

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昔、この川は暴れ川で橋はありませんでした。

その為、人足渡しで渡川が主流でした。

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川を渡り数分で垂井駅に着きました。
この日はここで終了です。

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ここから、大垣経由名古屋まで普通電車で行き、新幹線で帰りました。

垂井も宿場町ですので、次回は垂井宿からスタートします。

この先5kmほどで関ケ原宿です。
(さらに5kmで滋賀県に入ります)

ここまで来ました。

中山道進行状況20170930現在.jpg

残りは約100kmです。
(正確には9Xkmです)

今月に行こうと思っていましたが、通院スケジュール、天候不順のため行くことが出来ませんでした。

次のスケジュールは未定ですが、出来るだけ早いうちに行きたいと思っています。



本日もご訪問ありがとうございました。



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タグ:中山道
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中山道歩き34の3(2017/9/30) 10月21日(土) [中山道を行く]

冷たい雨が続いている最近ですが、昨日は午前中に雨は止み、雲の合間から青空が見えていました。

区役所に行く用事があったので、ついでに期日前投票をしてきました。

どこかのマスコミが出口調査をしていました。

午後から曇りの空が続き、午前は少し暖かった気温も下がり、寒い日に戻りました。

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中山道34日目続きます。

赤坂宿本陣跡で少し休憩しました。

広場になっており何にも残っておりませんでした。

和宮が本陣に泊まったという石碑だけがありました。

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進みます。

岐阜市に本店がある地方銀行十六銀行の支店がありました。

宿場町の雰囲気に合わせた建物です。

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赤坂宿に現存する建物の中で、最古級の町屋建物で休清水家住宅です。

清水家は元商家だったそうです。

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宿場の中心地だったところで、昔風の建物が並んでいます。

この先は十字路になっており、中山道と養老街道が交差しています。

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交差点には大きな建物があります。
(電柱電線が邪魔ですね)

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その先にはこの辺りの財閥と言われる矢橋家の住宅があります。

国登録有形文化財です。

周辺には矢橋工業をはじめ、矢橋グループの会社がいくつかあります。

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少し先には、脇本陣であった榎屋があります。

調べてみると近年まで旅館として営業していたとか。

横の道には矢橋グループ本社の表示がしてあります。

この路地の奥にあるのでしょう。

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榎屋は市の景観遺産の指定されているようです。

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その先には、この建物が。

中山道宿場の駅五七処というそうです。

土産物などを売っているそうですが、私は歩き旅、荷物が増えるのは嫌なので、立ち寄りませんでした。

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赤坂宿は、五十七番目の宿場と表示してありますが、普通の数え方では五十六番目です。
(江戸を一番目と数えているようです)

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向かいに妙法寺と言うお寺がありました。

どう見ても門の屋根が傾いているようですが・・

先にあるお堂の床、前の灯篭で水平を合わせて撮ってみました。

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赤坂宿の中心地を過ぎても、町並みは続きます。

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道は緩やかな上り坂になりました。

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宿場町のはずれでしょう。


史跡御使者場跡の石柱が立っています。

御使者場とは、大名行列が来ると、宿場の役人たちが出迎えの挨拶をする場所の事

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隣には兜塚の案内が立っていました。

関ヶ原決戦の前日(1600年9月14日)杭瀬川の戦がありました。

戦死した東軍、の武将、野一色頼母(のいっしき たのも)を葬り、兜を埋めたと伝えられています。

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関ケ原の合戦の前日、西(三成)軍と東(家康)軍との合戦がありました。

杭瀬川の周辺でありました。

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その日の夜、西軍は関ケ原の方へ移動を始めました。

それを知った東軍は真夜中に移動をはじめ関ケ原に本陣を移しました。

翌日関ケ原の合戦が始まりましたが、その日のうちに終わりました。

結果は皆様ご存じかと思います。



兜塚には彼岸花が咲いていました。

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しばらく進むと・・・・こちらが西濃鉄道昼飯線の廃線跡です。

踏切番の小屋の残骸が残っています。

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遮断機のハンドルは錆だらけです。

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中山道の町並みは続いていますが、昔はこの辺りは宿場ではないところです。

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突如大きな工場がありました。

石灰石が採れる金生山がすぐ近くです。

消石灰の工場でした。

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中までは見ませんでしたが、観音様でしょうか、丁寧に祭ってあります。

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平坦な道になりました。

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いきなりこんな案内板があります。

90mならすぐそこなので行ってみましょう。

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大きな古墳がありました。

上まで登れますが上がりませんでした。

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4世紀末ごろの古墳で前方後円墳です。

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この日は垂井駅まで歩きます。

次回に続きます。



本日もご訪問ありがとうございました。



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中山道歩き34の2(2017/9/30) 10月15日(日) [中山道を行く]

一昨日より気温が下がり、時々止むことはありますが雨が降っています。

秋雨前線の停滞で、肌寒い天気が続くようです。

もう半袖を出すことは無いでしょうね。

中山道道中記34日目が続きます。

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東赤坂の駅を過ぎて休憩しました。(前記事最後の写真です)

分岐点ですがどちらかな?

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よく見れば案内がありました。

赤坂宿は左の道を行きます。

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静かな昔ながらの道を進みます。

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進んでいくと小さな川があり、白山神社がありました。

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神社を過ぎると、一里塚跡(110番目)の石柱が立っていました。

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道を歩いているといろんなものが目につきます。

こんな所で山形のそば?

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小さな神社がありました。

彦根の近くに多賀大社と言う有名な神社がありますが、関係あるでしょう。

今後の行程で立ち寄ってみたいところです。

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この日は土曜日、どこかで運動会をしているような音が聞こえます。

この小学校のようです。

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街灯に赤坂宿の看板ついています。

いよいよ赤坂宿に入ります。

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赤坂と言う地名は東京の赤坂が有名ですが、全国に沢山あるようです。

赤坂宿と言う宿場は東海道にもあります。

東海道の赤坂宿を通過したのは7年前2010年8月4日でした。
(この頃はまだ若かったので・・60歳は過ぎていますが・・真夏でも街道歩きをしていました)

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やがて杭瀬川という橋に差し掛かりました。
(写真を撮るのを忘れました)

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橋を渡り街並みに入っていきます。

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とても大きな屋敷がありました。

表札には会社名が書いてあります。

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大きな火の見櫓が見えてきました。

拡大して見ると半鐘も付いていました。

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小さな川があり、綺麗な建物が立っています。

ここは赤坂港という港があったところです。

ここは、昔、川を利用した水運の要所だったということです。

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大きな常夜灯が立っています。

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杭瀬川の本流はここだったようです。

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この建物は明治8年に建てられた警察だったそうです。

数回移築されて利用されたようですが、ここに復元建築されて今は公民館です。

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警察の赤ランプが付いています。

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先へ進みます。

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踏切が見えてきました。

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ここで「鉄」のお話

赤坂宿の北には金生山という山があり、石灰石がとれます。

その石灰石を運ぶために、西濃鉄道という鉄道があります。
(西濃運輸とは関係なさそうです)

ここは西濃鉄道市橋線と言い、貨物列車が通るだけの鉄道です。
(一日に一往復程度と思われます・・しかも毎日ではない)

昼飯線は廃線になっています。

この踏切の南の方にJR美濃赤坂駅があります。

本数は少ないですが、人が乗れる電車が来ています。
(大垣から美濃赤坂までは地図で見ると東海道本線となっています。いわゆる盲腸線?)
全国JR線乗車を目指している仙台のJ氏は乗ったのかな


その南に、関ケ原の合戦の時に東軍(徳川家康)の本陣があった場所があります。
(合戦当日は関ケ原の桃配山へ移動します)

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踏切から美濃赤坂方面を見た所です。

殆ど列車は通らないので草が生えて線路が見えません。

廃線跡かと思いました。

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踏切を過ぎると、きれいな呉服屋さんがありました。
(この町には綺麗すぎる店・・昔ながらの呉服屋さんの方がピッタリだけど・・)

昔からの呉服屋さんでしょうね、大きな屋敷でした。

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すぐに、赤坂宿本陣跡に着きました。

何も残っていません。

和宮降嫁の時はここが宿泊所だったようです。

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ここで休憩です。

続きます



本日もご訪問ありがとうございました。

諸事情により次回(17日)の更新はお休みします。

19日は更新予定です。



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中山道歩き34の1(2017/9/30) 10月13日(金) [中山道を行く]

しばらく続いた真夏のような暑さも、昨日が一番だったような気がします。


天気予報です

昨日の最高気温は27度でした。

いきなり10度以上も下がります。

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来週はこんな天気でしばらく太陽の光が見えないようです。

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++++++++++++++++++++++++++++++++

9月29日、30日の中山道歩きの続きです。

9月30日の朝、前日に痙攣をおこしていた足も問題ありません。

ホテルの窓から見える伊吹山です。

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晴れた日に東海道新幹線に乗ると、関ケ原近辺で見える標高1377mの山です。

前日に続き、この日も良い天気です。

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延べ34日目になりました。

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身支度を整え、ゆっくりと朝食を摂りホテルを出たのは8:30頃でした。

大垣駅です。

前日に道を間違えた場所までタクシーで移動しました。

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正しい道を歩き始めました。

9:00頃です。

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歩き出すと、きちんと案内が出ていました。

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静かな道になりました。

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田んぼや畑が広がっています。

コスモスの花が色を添えます。

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廃車のような大きなトラックの後ろに神社が見えます。

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すさのおと言えば「須佐之男」と言う字しかしりませんでした。

難しい字ですね。

全国に沢山あるらしいです。

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通っている道は西に向かって進みますが、横切るようにいくつかの小さな川が流れています。

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時にはこんな景色も見ることが出来ます。

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すぐに住宅地になりました。

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秋祭りでしょうか、幟が立っています。

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真宗大谷派の長徳寺と言うお寺が続きます。

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小さな交差点に小さな聖観世音菩薩が立っていました。

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ここを過ぎると広い田んぼが広がっています。

新しい道路はまだ工事中でした。

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中仙道七回り半と読めます。

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この先に七つのカーブがあるのでしょうか。

それにしても「半」は何でしょう。

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また小さな水路がありました。

どこにも彼岸花が咲いています。

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柿の実もたわわに生っています。

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ここは道案内があるので間違えません。
(右に曲がります)

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そしてこの先の曲がり角にもついています。

伊吹山に引っ張れるようです。

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赤い門の家がありました。

この辺りから家が多くなります。

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しばらく進むと、東赤坂の駅に着きました。

前日に、ここまで歩く予定でした。

東赤坂は養老鉄道の駅です。

ここまで約50分でした。

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ここで電車には乗りません。

駅から少し歩きこの場所で休憩しました。

座るところが無いので、右端に見える土留に座って休憩しました。

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ここから赤坂宿に入っていきます。

次回に続きます。



この2日間で腕が日焼けしました。

家に帰った時は赤くてヒリヒリしていました。

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2,3日で褐色になりましたが、今週になってからの晴天でさらに濃くなりました。
(昨日撮影)

今後はこれ以上は濃くならないでしょう。

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本日もご訪問ありがとうございました。



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タグ:中山道
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中山道歩き33の4(2017/9/29) 10月9日(月) [中山道を行く]

寒くなったと思っていたら、昨日は季節が逆戻りして暑い日になりました。

昨夕の散歩ではTシャツ1枚の人を沢山見かけました。

寝具もまた薄い布団を引っ張り出しました。

今年の天気は本当に変な天気です。



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美江寺宿を出ると、千手観音のお堂が建っています。

こういう場所に建っていると、風情があります。

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その横には川が流れています。(犀川といいます)

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鴨が沢山います。

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歌川広重の版画はこの辺りと言われています。

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しばらく行くと突き当りになり、左右に道が分かれています。

道案内が無いので、どちらが中山道かわかりません。
(googleストリートビューの画像です)

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正面には、千躰寺と言う小さなお寺がありました。

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中には千躰の仏さまがあるとか、見ることは出来ませんでした。

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右側の道が正しいだろうと思って進みました。


この時はまだ勘が冴えていましたので約100mほど行ってから間違いに気づきました。

引き返して進みます。

進んでいくと、瑞穂市大月浄水公園に着きました。

こんな案内番がありました。

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岐阜県内の宿場名を彫った石柱が並んでいます。

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ここから揖斐川に向かって田圃の中を進みます。

昔は松並木があったそうです。

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おやおや!、アオダイショウが道路を横断しています。

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道は揖斐川に突き当り、橋を渡らなければなりません。

この上が橋に続く道路です。

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土手が高いので、いったん左に曲がり、ちょっと逆戻りをして橋に出ました。

揖斐川にかかる鷺田橋です。

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静かな流れです。

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橋を渡ると歩道は途切れ、歩道橋になります。

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歩道橋を渡ります。

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道は呂久と言う集落に入っていきます。

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お寺がありました。

良い名前ですね。

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小さなお寺でしたが、立派な鐘楼もあります。

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呂久の集落を進みます。

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この先に、中山道の名所、「小簾紅園」があります。

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しばらく進むと、立派な門がありました。

昔は、揖斐川を渡る呂久の渡しがありました。

船頭頭(せんどうがしら)の馬淵家の門です。

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さらに進むと、小簾紅園に着きました。

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案内板内容概略です。

皇女和宮(かずのみや)が徳川第14代将軍家茂公に嫁ぐため中山道を江戸に向かいました。

その時呂久川(現在の揖斐川)を船で渡る時、紅葉しているもみじを玉簾の中から見て

 「おちていく 身と知りながら もみじ葉の 人なつかしく こがれこそすれ」と詠んだ。

現在の揖斐川は、大正14年に改修工事で東の方に移された。
 
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綺麗な庭園が造ってありました。

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小簾紅園を過ぎてしばらく行くと小さな川に出ました。

ここから大垣市です。

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土手を歩きます。

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土手下には小さな神社がありました。

この辺りの氏神様でしょうか。

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道は市街地に近くなりました。

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この日の最終目的地は赤坂宿の2kmほど手前の養老線東赤坂駅です。

あと3km位です。

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土手に彼岸花が沢山咲いています。

傾いた太陽の日差しが当たっています。

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ここまで何とか来ましたが、道間違いをしてしまいました。

この道は間違いです。

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何かおかしいと思い通りがかりの人に尋ねました。

その方は大垣駅まで歩いた方が早いと教えてくれました。
(この日は大垣駅前のホテルを予約していました)

駅まで歩くことにしました。

ところが駅まではかなり時間が掛かりました。
(後で調べたら東赤坂駅の方が近かった)

日暮になりました。

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途中で足が痛くなり、スピードも遅くなります。

やっとの思いでホテルに到着したら、足の痙攣。

水分は3Lぐらいは飲んでいましたが、それでも足らずさらに2Lぐらい飲んで小康状態になりました。

この日は道に迷ったり、予定にはなかった道を歩いたりしました。

約4万歩(家を出てから、駅構内などを含みます)歩きました。

秋の日暮れは早いので、美江寺の駅で止めるべきでした。



本日もご訪問ありがとうございました。



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中山道歩き33の3(2017/9/29) 10月7日(土) [中山道を行く]

一昨日から急に寒くなりました。

昨日は室内でずっと20度でした。

着るもの、寝具など晩秋の装いです。

昨夕から雨が降り出し、今でも続いています。




前記事の続きです。


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コーヒーとケーキの休憩、あまり長くいると時間が足りません。

店を出ると、小さなお堂のような物がありました。

彼岸花も咲いています。

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しばらく進むと糸貫川と言う川を越えます。

天気もよく綺麗な光景が広がります。

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雲も綺麗でした。

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すぐ横には延命地蔵の幟が立っているお堂がありました。

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この先は道が細くなります。

しかも抜け道になっているようで車の往来が多いです。

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一応、車道の線は引いてありますが、この程度です。

側溝のふたが、浮いているのは、つまづきやすく注意が必要です。

ここで転んで、車が来たら・・・・怖いだけではありません。

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道は狭いけど、昔の雰囲気は残っています。

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長い壁、大きな蔵もあります。

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こんな案内板がありました。

この辺りは幕府の直轄地であったたため代官所があったようです。

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後ろの建物は普通の民家です。

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道幅は広くなりましたが、車はスピードを落とさずに走るので怖いです。
(ストリートビューの画像です)

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由緒ある大木かと思いましたが、何の表示もありませんでした。

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横の畑に、イチジクが沢山生っていました。

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五六川という川を渡ります。

五六とはこの先の美江寺宿が56番目と言うことで名前が付けられたとか。

しかし、美江寺宿は55番目の宿場町です。

江戸時代は江戸を1番目と数えたようです。

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こんな景色を見るのは久しぶりです。

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景色は良いのですが、道路はこんな状況です。

歩道はないし、車は多い、車が途切れるまで待たねばなりません。

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車が途切れた時に進みましょう。

後ろに伊吹山が見えます。

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踏切が見えてきました。

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樽見鉄道の踏切です。

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美江寺駅が見えます。

非電化で、元国鉄の路線です。

千葉の小湊鉄道の駅になんとなく似ています。

列車が来ればいいですが、1時間に1本です。

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踏切を過ぎると美江寺宿に入っていきます。

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雰囲気はそれらしく見えます。

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一里塚跡がありました。

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この建物は酒屋さんで、昔は造り酒屋だったそうですが、今は小売店です。

この辺りは濃尾地震(明治24年・1891)の震源地に近くほとんど壊れたそうです。

この建物だけ壊れなかったそうです。

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店の名前は「布屋」です。(美濃菊は養老町のお酒です)

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美江神社の入り口に高札場の案内がありました。

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復元されたものです。

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隣には大きな美江寺宿の石碑が立っています。

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美江神社の社殿です。

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この時、午後3時でした。

これから先は8km位あります。

今は日暮が早いので、悩みましたが、先に進みます。

美江寺宿の旧庄屋和田家の建物です。

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美江寺宿の本陣跡の案内が立っていました。

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この家かどうかはわかりません。

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美江寺宿は本陣1軒、脇本陣はなく旅籠が11軒の小さな宿場だったようです。

宿場の端に来ました。

赤坂方面(右)に行きます。

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次回に続きます。



本日もご訪問ありがとうございました。



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中山道歩き33の2(2017/9/29) 10月5日(木) [中山道を行く]

昨夜は中秋の名月でしたが、雲が多くほとんど見えませんでした。

夜9時ごろ雲の合間に何とか見えていました。

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今朝は冷え込むという事でしたが、それほどでもありません。

今日の横浜は晴れの予報です。

中山道の続きです。

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善人のtakenokoはすっきりして小紅の渡しに向かいます。

乙津寺の裏に乗り場があります。

長良川の堤防に上がります。

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堤防にあがると河川敷が広いので川の水面は見えません。

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ここはきちんと表示があるので間違いません。

階段を下りて河川敷を進みます。

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乗り場に着きました。

しかし船は対岸にいます。

置いてある白い旗を振ると迎えに来てくれるそうですが、見落としたので船は来ません。

川幅は100mぐらいなので大声を出せば聞こえます。

なんとか通じました。

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小紅の渡しとは(ネット情報より)

長良川を渡る岐阜市で唯一の渡し舟。県道(文殊茶屋新田線/173号)の一部となっています。

遊覧船とは違い、交通手段としてご利用できます。・・・無料です

史実に登場するのは元禄5年(1692年)です。

川下にあった河渡の渡しが中山道の表街道として、小紅の渡しが裏街道として栄えました。



下の地図をご覧ください。

赤い線が中山道です。

河渡の渡しは明治14年に橋が架けられるまで続いたとか。

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舟が着き、救命胴衣を着けて岸を離れます。

先に見える橋は河渡橋です。

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東海道、中山道どちらも渡しの川は多くありますが、実際に渡し舟に乗ったのは初めてです。

貴重な経験になりました。

こちらは反対側です。

船頭さんが今朝は御嶽山が見えていたけと言ってました。

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渓斎英泉の版画です。

この辺りでも鵜飼いをしていたかどうかは知りません。

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岐阜城が見えます。

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川幅は100mあまりなので、2分位で着きます。

河渡の渡しの場所まで、堤防を歩きます。

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大きなゴルフ練習場がありました。

平日なので打っている人は少なめでした。

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舟から見た岐阜城は土手の上からもよく見えます。

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西の方を見ると伊吹山が見えました。

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こんな幟が立っていました。

10月の最終日曜日にお祭りがあるらしいです。

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約20分位で、河渡橋が見えてきました。

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河渡橋を越えた所から河渡宿が始まるのですが、わかりません。

右手の家が並んでいる場所です。

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結局何も案内が無いまま進んで、土手の上からこの建物が見えたので階段を下りました。

馬頭観音堂があります。

荷駄役の人達が天保13年に銭百文づつ寄進し、道中と家内安全・五穀豊穣を祈願し建てたもの。

濃尾地震をはじめ、洪水、空襲で何度も壊れてしまったようです。

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中にはこんな石像がありました。

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ここから河渡(ごうど)宿が始まります。

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こんなものが立っており、宿場の保存に力を入れているかと思いましたが、



その前にお腹が空いたので、こんなところでおにぎりを食べます。

お握り1個食べて、駅前で買ったパンを取り出しました。

大きなパンでずっしりと重いパンです。(120円)

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たっぷりゴマがついて、中は餡子がたっぷりでした。

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やっとまともな案内が立っていました。

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本当は曲がり角にある方が助かります。

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河渡宿は54番目の宿場町で、一番小さな規模の宿場町だったようです。

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旧宿場の町並みは戦災でほとんど焼けてしまったようです。

宿場町の途中に一里塚があったようです。

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奥には小さな祠が二つありました。

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宿場町の町並みは300mぐらいしかなかったそうで、すぐ出口に来ました。

昔の名残は全くない所でした。

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そのまま進む道は静かな道でした。

ここは歩道があります。

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この案内をいくつか見かけましたが、分岐点にきちんとつけて欲しいです。

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歩道のないところもあります。

幹線道路ではないですが、結構車が来ます。

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午後2時過ぎにこんな店を見つけました。

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休憩です。

ここはケーキ屋さんなので、ケーキも頂きました。

ケーキの横にはソフトクリームも付いています。

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これから先は長いです。

次回に続きます。



本日もご訪問ありがとうございました。



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中山道歩き33の1(2017/9/29) 10月3日(火) [中山道を行く]

先週の金曜日から続いた気持ち良い晴天も一昨日まででした。

昨日は曇り空、昨晩、少し雨が降ったようです。



前記事で掲載しました日焼けした腕も赤い色が落ち着いて褐色になりました。

足の疲れはまだ少し残っています。

今日からしばらく中山道の記事が続きます。

タイトルに記してある、33は通算33日目です。33日目の1番目の記事です。

カッコ内の日付は実際歩いた日付けで後ろの日付はブログ掲載日です。



下の図は今まで歩いてきたところです。
(日付はスタート年月です)

今年の前半は、6月24日に加納宿まで来ました。(その時の記事はこちら

今回は岐阜(加納宿)からスタートします。

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今のところ、今年中には京都三条大橋に着くつもりです。

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9月30日、家を6時過ぎに出発しました。

大船駅から小田原へ行き、8:08のひかり号に乗ります。

この写真は反対側のホームに入ってきたこだま号東京行きです。

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名古屋で下車して、東海道線に乗り換えて岐阜駅には9:50頃到着しました。

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岐阜の天気は快晴でした。

岐阜駅の南口から出発です。

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この日の道中に、食事をする所、コンビニがあるかどうかわからないので。買い物をします。

コンビニおにぎりは持っていますが、前回店頭を通ったパン屋さんに寄り道です。

店は古風な普通の家です。(隣に工場があります)

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駅から数分、旧中山道に着きました。

この写真は6月に通ってきた道です。(中山道は舗装の色が違います)

加納宿の中心地はすでに通り過ぎています。

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歩き出した道は両端の舗装の色が違います。

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小さな祠が建っていますが、後ろには高層マンションが立っています。

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昔の街道と言っても、今は裏道です。

静かな通りです。

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ちょっと変わった郵便ポストがあったので、パチリ。

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ここらあたりは加納宿の西の端のようです。

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広い通りを横切ります。

信号待ちが長いです。

写真の自転車に乗った女性が「中山道を歩いていらっしゃるんですか」と話しかけてきました。

二言、三言お話ししました。

正面には古風な自転車屋さんが見えます。

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信号を渡ると普通の舗装になりました。

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立ち止まって地図を見ているると、「一里塚跡をお探しですか」と声を掛けられました。

この方です。

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教えてもらった通りに行くとありました。
(加納の一里塚・106番目です)

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時折こんな案内がありますが、市などが作ったものではありません。

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やがて東海道線の線路に突き当たりました。

これから先の中山道はおおむね東海道本線に沿って進みます。

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しばらく行くと、この表示があります。

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この先を右に曲がります。

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しばらく行くと広い交差点に出ました。

六差路ですなので、進む方向は注意が必要です。

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真っすぐの道を進みます。

神社がありました。(多羅野八幡宮)

左右に天満社、秋葉神社があります。

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この近くの茶屋では「だらり餅(あんころ餅)」が売られて評判だったとか。

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進んでいくと、水路に沿った道になりました。

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この後道は突き当たりますが、案内表示は全くありません。

中山道を歩く人にとって、親切な人は多いけど、道案内は不親切です。(個人の感想)

事前に用意した地図、ガイドブック、スマホの画面で確かめます。

乙津寺に着きました。

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路地を曲がると、

稲荷神社がありました。

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ちょっと覗いてみると、駐車場の奥に社がありました。

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こちらが乙津寺(おっしんじ)の山門です。

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通称鏡島(かがしま)弘法、別名梅寺と呼ばれ、こちらの呼び方が一般的だそうです。

真言宗のお寺として、建立されたが、その後改宗して今は臨済宗だそうです。

臨済宗のお寺で、弘法とは・・?こんなお寺は初めてです。

中は広々として毎月21日は縁日で賑わうそうです。

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お参りして、小紅の渡しに向かいます。

駅から、休憩するところもコンビニもありませんでした。

その前に用足しを、・・・ 善人でなければ使えません(?)

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小紅の渡しは次回に。

本日もご訪問ありがとうございました。



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中山道歩き32の4(2017/6/24) 8月4日(金) [中山道を行く]

8月1日の大雨が明けた2日は小雨が降ったり止んだりの天気で涼しい一日でした。

昨日(3日)の朝は、Tシャツ1枚では寒くて、作務衣を着ていました。

昼間は気温が上がりましたが、それ程でもありませんでした。

湿度が高く、夕方の散歩は、汗びっしょりになりました。

梅雨のような天気が続くようです。



6月24日の道中記最終です。

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いよいよ加納宿に入ります。

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加納宿には加納城と言うお城がありました。
(織田信長の岐阜城とは違います)

加納城は関ケ原の戦いの後、家康の命によりこの地に作られました。

この辺りから見た加納城の光景を広重が版画にしています。

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御鮨街道の分岐があります。

尾張街道は熱田まで続く街道で御鮨街道とも呼ばれています。

長良川で獲れた鮎をなれ寿司にして将軍家に納めるためにこの道を使ったらしいです。

江戸まで、5日ほどで届けたと言います。

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そちらには行かず直進すると「だんごや」さんがあります。

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事前に道順は調べて行きますが、細部はわかりません。

加納宿はこんな道順になります。

だんごやは右から来た最初の曲がり角です。

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よく見ると道路の舗装が違います。

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橋を渡ります。

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橋の欄干にはこんなレリーフがついています。

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2番目の曲がり角です。

よくわかります。

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曲って直進します。

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右手に秋葉神社がありました。

行事の案内が貼ってありますが、この神社の物ではありませんでした。

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その向かいには!

クリーニング屋さんのようですが、店名が・・?

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進んでいくと・・

どちらか少し迷いました。

一時停止の標識を左に曲がります。

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左折して正面には善徳寺という浄土真宗のお寺がありました。

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突き当りですので、右に曲がります。

広い通りを横断します。

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通り沿いに専福寺というお寺がありました。

信長や、秀吉の朱印状が保管されており、朱印状は岐阜市重要文化財に指定されているそうです。

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どちらに行くか説明不要ですね。

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橋を渡ります。

紫陽花の季節でした。

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加納城大手門跡の交差点に来ました。

手前を右に曲がります。

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お昼を過ぎています。

元和六年(1620年)に旅籠を始めた二文字屋です。

今は鰻屋です。

この日は今年前半の最終とするつもりでしたので、ちょっと張り込んで、ここで昼食にしました。

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丁度、席が空いていて待たずに案内されました。

「あなたの明日はうなぎ登りです。」・・そうであってほしいですね。

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水分補給をきちんとしていましたので、あまりお腹は空いてなく、ご飯少な目でお願いしました。
(これが失敗)

注文してから焼くのでしばらく待ちます。

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ちょっとご飯が少なすぎでした。

でもウナギは焼き立てで美味しかったです。

関西風で、蒸さないので皮がパリッとしていますが身は柔らかく美味でした。

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帰るころには待っている人が5~6人いました。

ほどほどに(?)お腹を満たしました。

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前へ進みます。

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「当分本陣跡」という石柱がありました。

当分本陣とは、幕末に参勤交代の制度が緩和され、往来が増えました。

本陣が足らなくなったため、宿場の有力者の家を当分の間本陣として使用しました。

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ここでは宮田家が務めました。

この家は今でも宮田の表札が掛かっていました。

凄い豪邸です。
(屋根を見てください)

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進みます。

加納宿は昔の面影はほとんどありません。

本陣跡はこれだけです。

でも横には大きな家がありました。

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脇本陣跡もこれだけですが大きな家でした。

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そのまま進むと広い通りに出ました。

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右を見るとJR岐阜駅が見えます。

この日はここで終了です。

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岐阜駅南口に着きました。

前日泊った賑やかな北口と違い、南口は静かな所でした。

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岐阜駅から名古屋まで快速電車で行き、新幹線で横浜に帰りました。

6月23日、24日出歩いたのはここです。
(美濃太田~岐阜・・・約25km)

実際は半日ずつです。

23日 28,159歩
24日 27,908歩

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今年は4月に木曽福島を出発して、ここまで来ました。

夏は暑いので現在休止中です。

2014年5月19日に日本橋を出発し、延べ32日で加納宿(岐阜)に着きました。

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現在消化率77%です。

残りは約120kmです.(上図の青い線)

健康上の問題が発生しない限り、今年中に三条大橋に着くことが出来そうです。

再開は涼しくなってからです。




次回から普通の記事に戻ります。

本日もご訪問ありがとうございました。



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中山道歩き32の3(2017/6/24) 8月2日(水) [中山道を行く]

昨日、午前中は晴れて、相変わらず蒸し暑い天気でした。

午後からは空がだんだん暗くなり、2時半頃には雷が鳴り、大雨になりました。

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車もライトをつけて走る様な雨でした。

横浜でも一部の地区には避難勧告が出ていました。

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6月24日の中山道道中記、続きます。

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岐阜市に入りました。

昔からの、静かな住宅街を進みます。

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小ぎれいな古民家がありました。

「割烹 太郎」と言う看板がついています。

前方の橋を渡り右に曲がるとすぐ駅なんですが、こんな所で成り立つのか不思議です。

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確かに駅はすぐでした。(橋の上より)

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所々に空き地があります。

うだつがあるので、長屋のような建物だったのでしょうね。

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通りには少し商店などが増えてきました。

この辺りは昔は立場で、茶屋、履物屋などで賑わった所だそうです。

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立派な門構えの浄慶寺というお寺がありました。

山号が「市場山」なんて珍しいですね。

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信用金庫の前にバス停があり一休みです。

中山道の石柱が埋もれたような感じで立っていました。

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新しい家に混じってところどころにこのような家があります。

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CAfeの看板が出ていました。

駐車しているのはセリカクーペですね。


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切通とはこの辺りの地名です。

元加納藩主であった安藤信明(信成)が切通陣屋を置きました。

この一帯にあった自領を支配していました。

この場所に大きな屋敷があったそうです。

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ここに「だるま工房」!!

ダルマの工場は高崎宿の近くで沢山見かけましたが・・・?

調べてみると、内装屋さんでした。(ひょっとして襖屋さん?)

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伊豆神社という神社がありました。

旧街道沿いの集落には、神社お寺が沢山あります。

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すぐ横に馬頭観音があります、丁寧に祭ってあります。

左の石柱には「右江戸みち」と彫ってありますがよく読めません。

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同じような道が続きます。

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広い交差点に出ましたが、中山道は直進です。

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昔、酒蔵だったような建物ですがわかりません。
(浄慶寺のホームページにはそのように記されていましたが・・・)

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普通の道になりました。

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大きな長屋門の家があります。

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その先にも古い建物がありますが、白い暖簾が掛かっています。

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和風レストランでした。

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さらに進みます。

前方に、高架が見えています。

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上は鉄道です。

JR東海道本線です。

日本橋を出てから、高崎線、信越本線(高崎~横川)、中央本線(東、西)の沿線を通ってきました。

これから京都までは東海道線の沿線を歩きます。

旧東海道は、桑名、四日市、亀山方面に行きますので東海道本線とは離れます。

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その先には名鉄の踏切があります。

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右横には大きな屋敷があり、門の扉も柄が彫ってあります。

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森家の建物で、岐阜市指定都市景観重要建築物です。

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踏切の横に名鉄茶所駅があります。

「ちゃどころ」でなく「ちゃじょ」なんですね。

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いよいよ加納宿です。

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次回に続きます。
(次回は6月24日道中記最後です)

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毎年作っているミニトマトができました。

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今年は不作です。

なんとかこのくらいです。

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本日もご訪問ありがとうございました。

昨日の雨で今日からは暑い晴天になるかと思いましたが、天気予報によればずっと曇り。

梅雨みたいな天気が続きます。



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