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近所の里山を歩く(2) 10月1日(日) [フォト散歩]

今日から10月になりました。



前記事の続きです。

森と畑が続きます。

広く見渡せる畑に出ました。

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里芋が育っていますね。

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今草刈りと言えばこれですが「刈払機」と言うんですね。

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広い畑が広がっています。

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ここまでは軽トラックは上がって来ることが出来る道があります。

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遠くに街並みが見えてきました。

道路の工事をしています。

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良い天気でした。

まだ暑かったです。

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急な坂道を下ります。

この辺りの山肌はこんな感じです。

大昔は海底だったようです。
(貝の化石が見つかったりしたようです)

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田舎の農家のような家です。(恐らく空き家です)

2年ぐらい前までこの家の隣には茅葺屋根の家がありました。

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彼岸花はほとんど終わっていましたがこの花だけポツンと残っていました。

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この時は金木犀も綺麗に咲いていました。

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柿の木には色が付いた柿の実が生っていますが、カラスが突きまわしていました。

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ここらあたりはかなり昔から開けていた所で、こんな物も残っています。

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いきなり建設現場に出ました。

鉄骨に支えられた道路は、仮設道路です。

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ここには圏央道につながる横浜環状道路のインターチェンジが出来る予定です。

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近くの小学校の下校時間になりました。

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ピンクの芙蓉が青空に映えます。

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下校中の子供たちも途中で減っていき、この子一人になったようです。

恐らく1年生でしょうね。

私の一番上の孫は今年から1年生になりました。

こんな姿で通学しているのかな~  なんて思ったりします。

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このベンチでカメラを仕舞いました。

1時間半のフォト散歩でした。

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この後、家までは30分ぐらいかかります。

歩数は約12000歩でした。

+++++++++++ 中山道歩き再開しました +++++++++++

昨日、一昨日行ってきました。

二日間共に、空気も澄んだ晴天で日焼けしてしまいました。

お風呂に入るとヒリヒリします。

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長良川の渡し舟に乗りました。

詳細は、次回からの道中記で・・

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本日もご訪問ありがとうございました。



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中山道歩き33の1(2017/9/29) 10月3日(火) [中山道を行く]

先週の金曜日から続いた気持ち良い晴天も一昨日まででした。

昨日は曇り空、昨晩、少し雨が降ったようです。



前記事で掲載しました日焼けした腕も赤い色が落ち着いて褐色になりました。

足の疲れはまだ少し残っています。

今日からしばらく中山道の記事が続きます。

タイトルに記してある、33は通算33日目です。33日目の1番目の記事です。

カッコ内の日付は実際歩いた日付けで後ろの日付はブログ掲載日です。



下の図は今まで歩いてきたところです。
(日付はスタート年月です)

今年の前半は、6月24日に加納宿まで来ました。(その時の記事はこちら

今回は岐阜(加納宿)からスタートします。

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今のところ、今年中には京都三条大橋に着くつもりです。

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9月30日、家を6時過ぎに出発しました。

大船駅から小田原へ行き、8:08のひかり号に乗ります。

この写真は反対側のホームに入ってきたこだま号東京行きです。

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名古屋で下車して、東海道線に乗り換えて岐阜駅には9:50頃到着しました。

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岐阜の天気は快晴でした。

岐阜駅の南口から出発です。

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この日の道中に、食事をする所、コンビニがあるかどうかわからないので。買い物をします。

コンビニおにぎりは持っていますが、前回店頭を通ったパン屋さんに寄り道です。

店は古風な普通の家です。(隣に工場があります)

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駅から数分、旧中山道に着きました。

この写真は6月に通ってきた道です。(中山道は舗装の色が違います)

加納宿の中心地はすでに通り過ぎています。

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歩き出した道は両端の舗装の色が違います。

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小さな祠が建っていますが、後ろには高層マンションが立っています。

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昔の街道と言っても、今は裏道です。

静かな通りです。

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ちょっと変わった郵便ポストがあったので、パチリ。

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ここらあたりは加納宿の西の端のようです。

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広い通りを横切ります。

信号待ちが長いです。

写真の自転車に乗った女性が「中山道を歩いていらっしゃるんですか」と話しかけてきました。

二言、三言お話ししました。

正面には古風な自転車屋さんが見えます。

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信号を渡ると普通の舗装になりました。

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立ち止まって地図を見ているると、「一里塚跡をお探しですか」と声を掛けられました。

この方です。

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教えてもらった通りに行くとありました。
(加納の一里塚・106番目です)

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時折こんな案内がありますが、市などが作ったものではありません。

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やがて東海道線の線路に突き当たりました。

これから先の中山道はおおむね東海道本線に沿って進みます。

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しばらく行くと、この表示があります。

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この先を右に曲がります。

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しばらく行くと広い交差点に出ました。

六差路ですなので、進む方向は注意が必要です。

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真っすぐの道を進みます。

神社がありました。(多羅野八幡宮)

左右に天満社、秋葉神社があります。

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この近くの茶屋では「だらり餅(あんころ餅)」が売られて評判だったとか。

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進んでいくと、水路に沿った道になりました。

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この後道は突き当たりますが、案内表示は全くありません。

中山道を歩く人にとって、親切な人は多いけど、道案内は不親切です。(個人の感想)

事前に用意した地図、ガイドブック、スマホの画面で確かめます。

乙津寺に着きました。

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路地を曲がると、

稲荷神社がありました。

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ちょっと覗いてみると、駐車場の奥に社がありました。

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こちらが乙津寺(おっしんじ)の山門です。

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通称鏡島(かがしま)弘法、別名梅寺と呼ばれ、こちらの呼び方が一般的だそうです。

真言宗のお寺として、建立されたが、その後改宗して今は臨済宗だそうです。

臨済宗のお寺で、弘法とは・・?こんなお寺は初めてです。

中は広々として毎月21日は縁日で賑わうそうです。

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お参りして、小紅の渡しに向かいます。

駅から、休憩するところもコンビニもありませんでした。

その前に用足しを、・・・ 善人でなければ使えません(?)

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小紅の渡しは次回に。

本日もご訪問ありがとうございました。



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中山道歩き33の2(2017/9/29) 10月5日(木) [中山道を行く]

昨夜は中秋の名月でしたが、雲が多くほとんど見えませんでした。

夜9時ごろ雲の合間に何とか見えていました。

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今朝は冷え込むという事でしたが、それほどでもありません。

今日の横浜は晴れの予報です。

中山道の続きです。

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善人のtakenokoはすっきりして小紅の渡しに向かいます。

乙津寺の裏に乗り場があります。

長良川の堤防に上がります。

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堤防にあがると河川敷が広いので川の水面は見えません。

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ここはきちんと表示があるので間違いません。

階段を下りて河川敷を進みます。

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乗り場に着きました。

しかし船は対岸にいます。

置いてある白い旗を振ると迎えに来てくれるそうですが、見落としたので船は来ません。

川幅は100mぐらいなので大声を出せば聞こえます。

なんとか通じました。

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小紅の渡しとは(ネット情報より)

長良川を渡る岐阜市で唯一の渡し舟。県道(文殊茶屋新田線/173号)の一部となっています。

遊覧船とは違い、交通手段としてご利用できます。・・・無料です

史実に登場するのは元禄5年(1692年)です。

川下にあった河渡の渡しが中山道の表街道として、小紅の渡しが裏街道として栄えました。



下の地図をご覧ください。

赤い線が中山道です。

河渡の渡しは明治14年に橋が架けられるまで続いたとか。

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舟が着き、救命胴衣を着けて岸を離れます。

先に見える橋は河渡橋です。

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東海道、中山道どちらも渡しの川は多くありますが、実際に渡し舟に乗ったのは初めてです。

貴重な経験になりました。

こちらは反対側です。

船頭さんが今朝は御嶽山が見えていたけと言ってました。

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渓斎英泉の版画です。

この辺りでも鵜飼いをしていたかどうかは知りません。

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岐阜城が見えます。

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川幅は100mあまりなので、2分位で着きます。

河渡の渡しの場所まで、堤防を歩きます。

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大きなゴルフ練習場がありました。

平日なので打っている人は少なめでした。

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舟から見た岐阜城は土手の上からもよく見えます。

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西の方を見ると伊吹山が見えました。

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こんな幟が立っていました。

10月の最終日曜日にお祭りがあるらしいです。

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約20分位で、河渡橋が見えてきました。

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河渡橋を越えた所から河渡宿が始まるのですが、わかりません。

右手の家が並んでいる場所です。

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結局何も案内が無いまま進んで、土手の上からこの建物が見えたので階段を下りました。

馬頭観音堂があります。

荷駄役の人達が天保13年に銭百文づつ寄進し、道中と家内安全・五穀豊穣を祈願し建てたもの。

濃尾地震をはじめ、洪水、空襲で何度も壊れてしまったようです。

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中にはこんな石像がありました。

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ここから河渡(ごうど)宿が始まります。

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こんなものが立っており、宿場の保存に力を入れているかと思いましたが、



その前にお腹が空いたので、こんなところでおにぎりを食べます。

お握り1個食べて、駅前で買ったパンを取り出しました。

大きなパンでずっしりと重いパンです。(120円)

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たっぷりゴマがついて、中は餡子がたっぷりでした。

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やっとまともな案内が立っていました。

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本当は曲がり角にある方が助かります。

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河渡宿は54番目の宿場町で、一番小さな規模の宿場町だったようです。

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旧宿場の町並みは戦災でほとんど焼けてしまったようです。

宿場町の途中に一里塚があったようです。

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奥には小さな祠が二つありました。

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宿場町の町並みは300mぐらいしかなかったそうで、すぐ出口に来ました。

昔の名残は全くない所でした。

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そのまま進む道は静かな道でした。

ここは歩道があります。

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この案内をいくつか見かけましたが、分岐点にきちんとつけて欲しいです。

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歩道のないところもあります。

幹線道路ではないですが、結構車が来ます。

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午後2時過ぎにこんな店を見つけました。

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休憩です。

ここはケーキ屋さんなので、ケーキも頂きました。

ケーキの横にはソフトクリームも付いています。

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これから先は長いです。

次回に続きます。



本日もご訪問ありがとうございました。



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中山道歩き33の3(2017/9/29) 10月7日(土) [中山道を行く]

一昨日から急に寒くなりました。

昨日は室内でずっと20度でした。

着るもの、寝具など晩秋の装いです。

昨夕から雨が降り出し、今でも続いています。




前記事の続きです。


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コーヒーとケーキの休憩、あまり長くいると時間が足りません。

店を出ると、小さなお堂のような物がありました。

彼岸花も咲いています。

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しばらく進むと糸貫川と言う川を越えます。

天気もよく綺麗な光景が広がります。

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雲も綺麗でした。

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すぐ横には延命地蔵の幟が立っているお堂がありました。

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この先は道が細くなります。

しかも抜け道になっているようで車の往来が多いです。

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一応、車道の線は引いてありますが、この程度です。

側溝のふたが、浮いているのは、つまづきやすく注意が必要です。

ここで転んで、車が来たら・・・・怖いだけではありません。

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道は狭いけど、昔の雰囲気は残っています。

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長い壁、大きな蔵もあります。

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こんな案内板がありました。

この辺りは幕府の直轄地であったたため代官所があったようです。

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後ろの建物は普通の民家です。

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道幅は広くなりましたが、車はスピードを落とさずに走るので怖いです。
(ストリートビューの画像です)

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由緒ある大木かと思いましたが、何の表示もありませんでした。

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横の畑に、イチジクが沢山生っていました。

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五六川という川を渡ります。

五六とはこの先の美江寺宿が56番目と言うことで名前が付けられたとか。

しかし、美江寺宿は55番目の宿場町です。

江戸時代は江戸を1番目と数えたようです。

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こんな景色を見るのは久しぶりです。

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景色は良いのですが、道路はこんな状況です。

歩道はないし、車は多い、車が途切れるまで待たねばなりません。

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車が途切れた時に進みましょう。

後ろに伊吹山が見えます。

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踏切が見えてきました。

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樽見鉄道の踏切です。

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美江寺駅が見えます。

非電化で、元国鉄の路線です。

千葉の小湊鉄道の駅になんとなく似ています。

列車が来ればいいですが、1時間に1本です。

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踏切を過ぎると美江寺宿に入っていきます。

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雰囲気はそれらしく見えます。

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一里塚跡がありました。

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この建物は酒屋さんで、昔は造り酒屋だったそうですが、今は小売店です。

この辺りは濃尾地震(明治24年・1891)の震源地に近くほとんど壊れたそうです。

この建物だけ壊れなかったそうです。

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店の名前は「布屋」です。(美濃菊は養老町のお酒です)

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美江神社の入り口に高札場の案内がありました。

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復元されたものです。

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隣には大きな美江寺宿の石碑が立っています。

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美江神社の社殿です。

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この時、午後3時でした。

これから先は8km位あります。

今は日暮が早いので、悩みましたが、先に進みます。

美江寺宿の旧庄屋和田家の建物です。

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美江寺宿の本陣跡の案内が立っていました。

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この家かどうかはわかりません。

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美江寺宿は本陣1軒、脇本陣はなく旅籠が11軒の小さな宿場だったようです。

宿場の端に来ました。

赤坂方面(右)に行きます。

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次回に続きます。



本日もご訪問ありがとうございました。



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中山道歩き33の4(2017/9/29) 10月9日(月) [中山道を行く]

寒くなったと思っていたら、昨日は季節が逆戻りして暑い日になりました。

昨夕の散歩ではTシャツ1枚の人を沢山見かけました。

寝具もまた薄い布団を引っ張り出しました。

今年の天気は本当に変な天気です。



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美江寺宿を出ると、千手観音のお堂が建っています。

こういう場所に建っていると、風情があります。

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その横には川が流れています。(犀川といいます)

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鴨が沢山います。

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歌川広重の版画はこの辺りと言われています。

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しばらく行くと突き当りになり、左右に道が分かれています。

道案内が無いので、どちらが中山道かわかりません。
(googleストリートビューの画像です)

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正面には、千躰寺と言う小さなお寺がありました。

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中には千躰の仏さまがあるとか、見ることは出来ませんでした。

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右側の道が正しいだろうと思って進みました。


この時はまだ勘が冴えていましたので約100mほど行ってから間違いに気づきました。

引き返して進みます。

進んでいくと、瑞穂市大月浄水公園に着きました。

こんな案内番がありました。

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岐阜県内の宿場名を彫った石柱が並んでいます。

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ここから揖斐川に向かって田圃の中を進みます。

昔は松並木があったそうです。

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おやおや!、アオダイショウが道路を横断しています。

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道は揖斐川に突き当り、橋を渡らなければなりません。

この上が橋に続く道路です。

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土手が高いので、いったん左に曲がり、ちょっと逆戻りをして橋に出ました。

揖斐川にかかる鷺田橋です。

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静かな流れです。

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橋を渡ると歩道は途切れ、歩道橋になります。

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歩道橋を渡ります。

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道は呂久と言う集落に入っていきます。

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お寺がありました。

良い名前ですね。

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小さなお寺でしたが、立派な鐘楼もあります。

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呂久の集落を進みます。

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この先に、中山道の名所、「小簾紅園」があります。

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しばらく進むと、立派な門がありました。

昔は、揖斐川を渡る呂久の渡しがありました。

船頭頭(せんどうがしら)の馬淵家の門です。

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さらに進むと、小簾紅園に着きました。

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案内板内容概略です。

皇女和宮(かずのみや)が徳川第14代将軍家茂公に嫁ぐため中山道を江戸に向かいました。

その時呂久川(現在の揖斐川)を船で渡る時、紅葉しているもみじを玉簾の中から見て

 「おちていく 身と知りながら もみじ葉の 人なつかしく こがれこそすれ」と詠んだ。

現在の揖斐川は、大正14年に改修工事で東の方に移された。
 
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綺麗な庭園が造ってありました。

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小簾紅園を過ぎてしばらく行くと小さな川に出ました。

ここから大垣市です。

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土手を歩きます。

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土手下には小さな神社がありました。

この辺りの氏神様でしょうか。

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道は市街地に近くなりました。

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この日の最終目的地は赤坂宿の2kmほど手前の養老線東赤坂駅です。

あと3km位です。

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土手に彼岸花が沢山咲いています。

傾いた太陽の日差しが当たっています。

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ここまで何とか来ましたが、道間違いをしてしまいました。

この道は間違いです。

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何かおかしいと思い通りがかりの人に尋ねました。

その方は大垣駅まで歩いた方が早いと教えてくれました。
(この日は大垣駅前のホテルを予約していました)

駅まで歩くことにしました。

ところが駅まではかなり時間が掛かりました。
(後で調べたら東赤坂駅の方が近かった)

日暮になりました。

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途中で足が痛くなり、スピードも遅くなります。

やっとの思いでホテルに到着したら、足の痙攣。

水分は3Lぐらいは飲んでいましたが、それでも足らずさらに2Lぐらい飲んで小康状態になりました。

この日は道に迷ったり、予定にはなかった道を歩いたりしました。

約4万歩(家を出てから、駅構内などを含みます)歩きました。

秋の日暮れは早いので、美江寺の駅で止めるべきでした。



本日もご訪問ありがとうございました。



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体育の日のWalking(1) 10月11日(水) [フォト散歩]

昨日も暑い日でした。

昨日はほとんどの人が半袖でした。



中山道の旅、9月30日の道中記は前回で終わりました。

足の痙攣については皆様にご心配頂きました。

ありがとうございます。

一晩寝て、翌日はほとんど問題なく続きを歩きました。

10月1日の道中記は次回から開始します。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


街道歩きが続きましたので今回はPhoto散歩です。

一昨日、天気が良い日でした。

近所の桜の木を見ると赤い葉が多くなっていました。

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中山道の旅から帰ってきてほとんど歩いていませんでした。

天気も良いので久しぶりにウォーキングに出かけました。

月曜日ですが、体育の日で休日です。

親子連れとすれ違いました。

どこかにハイキングでも行くのでしょう。

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高速道路の工事現場事務所に近くの小学生が描いた絵が貼ってあります。

最近、工事現場のフェンスにいろんな絵が書いてあるところが多いですね。

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休日ですが、工事はしていました。

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ここはこれからトンネルを掘っていくのだろうと思います。

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しばらく歩いて森の中に入ります。

桜の葉が紅葉していたので、森の中の植物は秋らしくなっていると思っていました。

最初に見たモミジの葉です。

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小さな水路を渡る橋に「この端渡るべからず」の表示があります。

「橋」ではなく「端」が腐って危険です。

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少しずつ森の中に入りますが、今は蜘蛛の巣が多いです。

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エノコログサに似ていますが違うでしょうね。

沢山生えていました。

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これはトイレですが、以前来た時は工事中でした。

綺麗なトイレが出来ています。

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道は緩い坂道を上っていきます。

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6月頃には源氏蛍見られるところですが、一度も来たことはありません。

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ここまで来るだけで汗だらけです。

日傘の人もいます。

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ミズヒキソウがあちこちに咲いています。

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残念ながら秋の気配はほとんどありません。

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それどころか新緑の季節見たいです。

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ススキも生き生きしています。

ススキって幾つも種類があるそうですね。

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坂道が終わり平らになりました。

ここはいずれ草刈りするんでしょう。

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ホトトギスの連続です。

こんな咲き方をしているのは、初めて見ました。
(ちょっとブレています)

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空は秋らしい空ですが、本格的な秋になるのはもう少し先ですね。

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先日来年の手帳を買いました。

仕事をしている時は手帳を買うことはありませんでした。

今は百均です。

残念ながら、病院のスケジュール位しか書いていません。

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売っている手帳はほとんど月曜始まりです。

慣れていないせいか、私は好みません。


なんとか日曜始まりを見つけました。

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カレンダーはどれも月曜始まりなんですけど・・・

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昨日の夕景です。

中央下に富士山が見えます。

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本日もご訪問ありがとうございました。

次回は10月1日の中山道歩き道中記になります。



今週末からは雨が降り気温が下がるようです。

気温の上下が激しいですが、体調コントロールにお気を付けください。





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中山道歩き34の1(2017/9/30) 10月13日(金) [中山道を行く]

しばらく続いた真夏のような暑さも、昨日が一番だったような気がします。


天気予報です

昨日の最高気温は27度でした。

いきなり10度以上も下がります。

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来週はこんな天気でしばらく太陽の光が見えないようです。

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++++++++++++++++++++++++++++++++

9月29日、30日の中山道歩きの続きです。

9月30日の朝、前日に痙攣をおこしていた足も問題ありません。

ホテルの窓から見える伊吹山です。

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晴れた日に東海道新幹線に乗ると、関ケ原近辺で見える標高1377mの山です。

前日に続き、この日も良い天気です。

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延べ34日目になりました。

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身支度を整え、ゆっくりと朝食を摂りホテルを出たのは8:30頃でした。

大垣駅です。

前日に道を間違えた場所までタクシーで移動しました。

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正しい道を歩き始めました。

9:00頃です。

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歩き出すと、きちんと案内が出ていました。

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静かな道になりました。

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田んぼや畑が広がっています。

コスモスの花が色を添えます。

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廃車のような大きなトラックの後ろに神社が見えます。

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すさのおと言えば「須佐之男」と言う字しかしりませんでした。

難しい字ですね。

全国に沢山あるらしいです。

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通っている道は西に向かって進みますが、横切るようにいくつかの小さな川が流れています。

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時にはこんな景色も見ることが出来ます。

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すぐに住宅地になりました。

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秋祭りでしょうか、幟が立っています。

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真宗大谷派の長徳寺と言うお寺が続きます。

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小さな交差点に小さな聖観世音菩薩が立っていました。

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ここを過ぎると広い田んぼが広がっています。

新しい道路はまだ工事中でした。

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中仙道七回り半と読めます。

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この先に七つのカーブがあるのでしょうか。

それにしても「半」は何でしょう。

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また小さな水路がありました。

どこにも彼岸花が咲いています。

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柿の実もたわわに生っています。

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ここは道案内があるので間違えません。
(右に曲がります)

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そしてこの先の曲がり角にもついています。

伊吹山に引っ張れるようです。

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赤い門の家がありました。

この辺りから家が多くなります。

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しばらく進むと、東赤坂の駅に着きました。

前日に、ここまで歩く予定でした。

東赤坂は養老鉄道の駅です。

ここまで約50分でした。

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ここで電車には乗りません。

駅から少し歩きこの場所で休憩しました。

座るところが無いので、右端に見える土留に座って休憩しました。

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ここから赤坂宿に入っていきます。

次回に続きます。



この2日間で腕が日焼けしました。

家に帰った時は赤くてヒリヒリしていました。

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2,3日で褐色になりましたが、今週になってからの晴天でさらに濃くなりました。
(昨日撮影)

今後はこれ以上は濃くならないでしょう。

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本日もご訪問ありがとうございました。



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タグ:中山道
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中山道歩き34の2(2017/9/30) 10月15日(日) [中山道を行く]

一昨日より気温が下がり、時々止むことはありますが雨が降っています。

秋雨前線の停滞で、肌寒い天気が続くようです。

もう半袖を出すことは無いでしょうね。

中山道道中記34日目が続きます。

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東赤坂の駅を過ぎて休憩しました。(前記事最後の写真です)

分岐点ですがどちらかな?

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よく見れば案内がありました。

赤坂宿は左の道を行きます。

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静かな昔ながらの道を進みます。

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進んでいくと小さな川があり、白山神社がありました。

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神社を過ぎると、一里塚跡(110番目)の石柱が立っていました。

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道を歩いているといろんなものが目につきます。

こんな所で山形のそば?

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小さな神社がありました。

彦根の近くに多賀大社と言う有名な神社がありますが、関係あるでしょう。

今後の行程で立ち寄ってみたいところです。

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この日は土曜日、どこかで運動会をしているような音が聞こえます。

この小学校のようです。

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街灯に赤坂宿の看板ついています。

いよいよ赤坂宿に入ります。

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赤坂と言う地名は東京の赤坂が有名ですが、全国に沢山あるようです。

赤坂宿と言う宿場は東海道にもあります。

東海道の赤坂宿を通過したのは7年前2010年8月4日でした。
(この頃はまだ若かったので・・60歳は過ぎていますが・・真夏でも街道歩きをしていました)

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やがて杭瀬川という橋に差し掛かりました。
(写真を撮るのを忘れました)

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橋を渡り街並みに入っていきます。

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とても大きな屋敷がありました。

表札には会社名が書いてあります。

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大きな火の見櫓が見えてきました。

拡大して見ると半鐘も付いていました。

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小さな川があり、綺麗な建物が立っています。

ここは赤坂港という港があったところです。

ここは、昔、川を利用した水運の要所だったということです。

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大きな常夜灯が立っています。

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杭瀬川の本流はここだったようです。

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この建物は明治8年に建てられた警察だったそうです。

数回移築されて利用されたようですが、ここに復元建築されて今は公民館です。

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警察の赤ランプが付いています。

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先へ進みます。

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踏切が見えてきました。

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ここで「鉄」のお話

赤坂宿の北には金生山という山があり、石灰石がとれます。

その石灰石を運ぶために、西濃鉄道という鉄道があります。
(西濃運輸とは関係なさそうです)

ここは西濃鉄道市橋線と言い、貨物列車が通るだけの鉄道です。
(一日に一往復程度と思われます・・しかも毎日ではない)

昼飯線は廃線になっています。

この踏切の南の方にJR美濃赤坂駅があります。

本数は少ないですが、人が乗れる電車が来ています。
(大垣から美濃赤坂までは地図で見ると東海道本線となっています。いわゆる盲腸線?)
全国JR線乗車を目指している仙台のJ氏は乗ったのかな


その南に、関ケ原の合戦の時に東軍(徳川家康)の本陣があった場所があります。
(合戦当日は関ケ原の桃配山へ移動します)

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踏切から美濃赤坂方面を見た所です。

殆ど列車は通らないので草が生えて線路が見えません。

廃線跡かと思いました。

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踏切を過ぎると、きれいな呉服屋さんがありました。
(この町には綺麗すぎる店・・昔ながらの呉服屋さんの方がピッタリだけど・・)

昔からの呉服屋さんでしょうね、大きな屋敷でした。

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すぐに、赤坂宿本陣跡に着きました。

何も残っていません。

和宮降嫁の時はここが宿泊所だったようです。

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ここで休憩です。

続きます



本日もご訪問ありがとうございました。

諸事情により次回(17日)の更新はお休みします。

19日は更新予定です。



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お断り(本日休みです) 10月17日(火) [独り言]

都合により本日は休ませていただきます。

前記事のコメントのお返事は明日にさせていただきます。

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次回の更新は19日の予定です。

本日もご訪問ありがとうございました。

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体育の日のWalking(2) 10月19日(木) [フォト散歩]

前回は失礼しました。

3日間ほど近所で監禁されていました。



昨日は久しぶりに太陽の光を浴びました。

しかし昼過ぎにはまた曇り空になりました。

曇り空になると、室内は急に気温が下がります。

とうとうエアコン(暖房)のスイッチをいれました。

今日からはまた曇り、雨が続くようです。



中山道の記事は一度休みます。



10月11日の記事の続きになります。

横浜自然観測の森を通ってハイキングコースに出ます。

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途中こんな看板を見ました。

私は幸い、蜂に刺されたことはありませんが、痛いでしょうね。

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ノートを持って植物を観察している人が居ました。

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この日は10月9日、暑い日でしたので、みんな夏の姿です。
(上の写真の人と比べると、同じ日とは思えません)

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ここは港南台から鎌倉に向かうハイキングコースの一部です。

天気もよく、三連休でしたので、次々に人とすれ違います。

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子供連れもいます。

高尾山ほどではありませんが、このハイキングコースは休日には大勢の人が来ます。

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林の切れ目に来ました。

丹沢とか富士山が見える場所ですが、この日は見えませんでした。

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道端にはこんな花や、

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こんな花も咲いています・・・・これはアザミですね。

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所々に分かれ道があります。

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子供を含む数人のグループにもすれ違いました。

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もう少し歩いて、私が良く行く瀬上池に行こうと思いましたが、途中で住宅地に下りました。

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静かな住宅地で環境はいいですが、交通の便が悪く不便な場所です。

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途中、公園の道端にホトトギスが咲いていました。

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じっくり見ると、特徴のある形をしていますね。

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真上から撮ってみました。

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こんなに良い天気でした。

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この写真だけ見ると、真夏かと思うような日でした。

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翌日、近所の散歩道で見かけたコスモスです。

色は様々です。

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朝7時半頃です。

朝日を一杯に受けています。

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青空背景で前ボケを入れて。

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白のコスモスも綺麗ですね。

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花の裏側から。

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蝶でも飛んでくればいいのですが・・・と思っていたら・・

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暑くなったり、寒くなったり、おまけに台風が来るそうです。

安定した秋晴れになって欲しいです。

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次回は中山道の記事に戻ります。



本日もご訪問ありがとうございました。



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中山道歩き34の3(2017/9/30) 10月21日(土) [中山道を行く]

冷たい雨が続いている最近ですが、昨日は午前中に雨は止み、雲の合間から青空が見えていました。

区役所に行く用事があったので、ついでに期日前投票をしてきました。

どこかのマスコミが出口調査をしていました。

午後から曇りの空が続き、午前は少し暖かった気温も下がり、寒い日に戻りました。

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中山道34日目続きます。

赤坂宿本陣跡で少し休憩しました。

広場になっており何にも残っておりませんでした。

和宮が本陣に泊まったという石碑だけがありました。

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進みます。

岐阜市に本店がある地方銀行十六銀行の支店がありました。

宿場町の雰囲気に合わせた建物です。

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赤坂宿に現存する建物の中で、最古級の町屋建物で休清水家住宅です。

清水家は元商家だったそうです。

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宿場の中心地だったところで、昔風の建物が並んでいます。

この先は十字路になっており、中山道と養老街道が交差しています。

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交差点には大きな建物があります。
(電柱電線が邪魔ですね)

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その先にはこの辺りの財閥と言われる矢橋家の住宅があります。

国登録有形文化財です。

周辺には矢橋工業をはじめ、矢橋グループの会社がいくつかあります。

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少し先には、脇本陣であった榎屋があります。

調べてみると近年まで旅館として営業していたとか。

横の道には矢橋グループ本社の表示がしてあります。

この路地の奥にあるのでしょう。

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榎屋は市の景観遺産の指定されているようです。

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その先には、この建物が。

中山道宿場の駅五七処というそうです。

土産物などを売っているそうですが、私は歩き旅、荷物が増えるのは嫌なので、立ち寄りませんでした。

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赤坂宿は、五十七番目の宿場と表示してありますが、普通の数え方では五十六番目です。
(江戸を一番目と数えているようです)

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向かいに妙法寺と言うお寺がありました。

どう見ても門の屋根が傾いているようですが・・

先にあるお堂の床、前の灯篭で水平を合わせて撮ってみました。

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赤坂宿の中心地を過ぎても、町並みは続きます。

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道は緩やかな上り坂になりました。

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宿場町のはずれでしょう。


史跡御使者場跡の石柱が立っています。

御使者場とは、大名行列が来ると、宿場の役人たちが出迎えの挨拶をする場所の事

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隣には兜塚の案内が立っていました。

関ヶ原決戦の前日(1600年9月14日)杭瀬川の戦がありました。

戦死した東軍、の武将、野一色頼母(のいっしき たのも)を葬り、兜を埋めたと伝えられています。

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関ケ原の合戦の前日、西(三成)軍と東(家康)軍との合戦がありました。

杭瀬川の周辺でありました。

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その日の夜、西軍は関ケ原の方へ移動を始めました。

それを知った東軍は真夜中に移動をはじめ関ケ原に本陣を移しました。

翌日関ケ原の合戦が始まりましたが、その日のうちに終わりました。

結果は皆様ご存じかと思います。



兜塚には彼岸花が咲いていました。

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しばらく進むと・・・・こちらが西濃鉄道昼飯線の廃線跡です。

踏切番の小屋の残骸が残っています。

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遮断機のハンドルは錆だらけです。

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中山道の町並みは続いていますが、昔はこの辺りは宿場ではないところです。

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突如大きな工場がありました。

石灰石が採れる金生山がすぐ近くです。

消石灰の工場でした。

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中までは見ませんでしたが、観音様でしょうか、丁寧に祭ってあります。

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平坦な道になりました。

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いきなりこんな案内板があります。

90mならすぐそこなので行ってみましょう。

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大きな古墳がありました。

上まで登れますが上がりませんでした。

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4世紀末ごろの古墳で前方後円墳です。

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この日は垂井駅まで歩きます。

次回に続きます。



本日もご訪問ありがとうございました。



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本日は休みます 10月23日(月) [独り言]

昨日昼頃から丸1日トラブルが続きましたね。

23日用の記事作成の途中でしたので、今日の更新は休みます。

更新サイクルが変りますが、あす24日に更新します。

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本日もご訪問ありがとうございました。

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中山道歩き34の4(2017/9/30) 10月24日(火) [中山道を行く]

一昨日午後からSo-netの調子が悪く更新データを作ることが出来ませんでした。

昨日もお昼過ぎまで使えませんでした。

一日遅れの更新です。



昨日の朝は台風の影響で交通機関乱れもあり、お勤めの方はお疲れさまでした。

10時ごろには雨が上がり、良い天気になりました。

昼頃の景色です。

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夕方には富士山の雲も消え、綺麗なシルエットを見ることが出来ました。

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中山道の記事が続きます。

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昼飯大塚古墳を見上げて少し休憩しました。

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元の道に戻ります。

すぐに小ぎれいなお寺が見えました。

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如来寺と言うお寺で、善光寺と関係があるようです。

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さて、この辺りの地名は大垣市昼飯町です。

「ひるめし」ではなく「ひるい」です。

そうは言ってもひるめしから来ているようです。

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進んでいくと横切るように線路があります。

この線路は東海道本線ですが、ちょっと特別な線路です。

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この辺りの地図です。

赤い線が旧中山道で、この日歩いたところです。
地図を見ると東海道本線が二つあります。
東海道本線は出来た時は大垣から地図上の下の線路を通っていました。
大垣から関ヶ原方面は急な坂になっており、大垣駅で機関車を増結して運行していました。
戦時中の輸送力増強のため、増結、切り離しの手間を省くために勾配の緩い迂回線が作られました。
出来た当時は下り列車はこの線を通っていました。


現在、迂回線には下りの貨物列車、特急列車などが走るだけです。

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東海道本線の下り線は古い設備なので各駅停車しか走っていません。
関ケ原駅始発の上り電車(一日2本程度)は関ケ原垂井間の下り線を逆走します。
垂井駅を過ぎてから上り線に入る変則的な路線です。

以上ネットから流用の図です。

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以上の事はにわか勉強です。

これが迂回線の方です。
(下り列車しか通らないので、単線です)

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通り過ぎてから、ガタゴト音が聞こえるので、振返ると偶々貨物列車が通るところでした。

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今回の旅で、カーブミラー写真を撮っていませんでした。

9月30日で夏のような気温だったので半袖です。

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進んでいくと「照手姫の水汲み井戸」の案内があったので、道から外れて行ってみました。

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案内板の拡大です。

こういう言い伝え話は、街道歩きをしているとあちこちにあります。

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井戸は網で覆われていました。

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道に戻って進んでいくと、中山道青墓宿の柱が立っていました。

青墓宿という宿場は中山道にはありません。


青墓宿は、奈良時代からある幹線道路「東山道」の宿場として始まった場所です。


江戸時代、中山道の赤坂宿の繁栄と共に衰退しました。

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広い道路を渡ったところにコンビニがありました。

この日、中山道を歩いていて初めてのコンビニです。


飲み物を買ってイートインコーナーでしばらく休憩です。

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わずかな休憩の後、旧中山道を進みます。


両側に住宅が並ぶ、歩道のない狭い道です。


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抜け道になっているのか、車も次々通ります。

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一里塚跡の石柱と常夜灯が立っていました。

青野ヶ原一里塚で江戸から111番目になります。

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ここから道路は少し広くなり歩道も付いています。

彼岸花や柿の実が色を添えます。

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材木屋さんの倉庫にこんなものがぶら下がっていました。

カラスよけなんでしょうか?
(効果があるのかな)

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お地蔵さんが並んでいました。

平尾御坊とはここの北にある平尾御坊願證寺と言うお寺の事です。

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コンビニよりさらに大きいスーパーマーケットの横を通ります。

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伊吹山が近くなりました

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三叉路に突き当り、角には追分の石碑があります。

中山道と大垣みちの分かれ目です。

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相川と言う川を渡ります。

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昔、この川は暴れ川で橋はありませんでした。

その為、人足渡しで渡川が主流でした。

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川を渡り数分で垂井駅に着きました。
この日はここで終了です。

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ここから、大垣経由名古屋まで普通電車で行き、新幹線で帰りました。

垂井も宿場町ですので、次回は垂井宿からスタートします。

この先5kmほどで関ケ原宿です。
(さらに5kmで滋賀県に入ります)

ここまで来ました。

中山道進行状況20170930現在.jpg

残りは約100kmです。
(正確には9Xkmです)

今月に行こうと思っていましたが、通院スケジュール、天候不順のため行くことが出来ませんでした。

次のスケジュールは未定ですが、出来るだけ早いうちに行きたいと思っています。



本日もご訪問ありがとうございました。



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タグ:中山道
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円覚寺 10月26日(木) [鎌倉の寺社]

台風一過の晴天も台風通過当日の23日だけでした。

24日(火)は午前中少し晴れ間があったものの、ほぼ曇りの一日でした。

しばらくお参りしていなかった円覚寺にお参りに行きました。

北鎌倉駅前の駐輪場にバイクを止めて、白鷺池の横を通り門へ向かいます。

ここは円覚寺の敷地です。

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総門の階段を上ります。

ここのモミジは円覚寺のモミジの中でも早く紅葉します。

しかしまだ緑のままです。

円覚寺境内にある北鎌倉幼稚園の園児たちはここを通って通園します。

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境内に入ったのは午前9時前です。

参拝者も少なく静かです。

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階段の横を見ると、大きな木の下に枯れ葉と言うのでしょうか、たくさん落ちています。

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いつも撮るアングルですが、人の姿はありません。

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仏殿の宝冠釈迦如来にお参りです。

仏殿内は誰もいませんでした。

静かな仏殿で心が落ち着きます。

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無学祖元と達磨大師の像が並んでいます。

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仏殿を出ると選佛場の前に外国人の男女が何やら話していました。

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居士林横のモミジほんのり色づいた箇所があります。

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茅葺の屋根は落ち着きますね。

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貸し切り状態です。

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あれ?

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以前、大方丈の辺りをうろうろしていました、かなちゃんのようです。

円覚寺には総門のところに、しいちゃんという猫もいます。

この日も総門に居て、幼稚園児が撫でていました。

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少し明るくなり青空がのぞいています。

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妙香池の庭はいつみても綺麗です。

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ススキもまだ元気ですが、もうそろそろ枯れるでしょう。

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台風の時に降った雨が白鹿洞からにじみ出ていました。

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水道から出るような流れもあります。

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黄梅院の前に来ました。

今月の言葉です。

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黄梅院に入ります。

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すぐに目についたコムラサキ。

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ここも貸し切り状態でした。

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調べてみたら「関屋の秋丁子」と言うらしいです。

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秋明菊がありましたが、台風の風で傾いていました。

花ももう終わりでしょう。

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これは?

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聖観世音菩薩にご挨拶

平成元年に作られた新しい観音様です。

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庭を見渡していると季節の変りを感じます。

サネカズラの実が赤くなり始めました。

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千両の実も付きました。

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そして黄色の千両も

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万両もこれからさらに赤くなるでしょう。

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突然人の気配がしましたが、比較的静かでした。

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三椏は来春の準備を始めています。

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黄梅院を出ました。

次回に続きます。



昨日は一日中冷たい雨が降り寒い一日でした。

今日は晴れそうです。

今日から中山道へ行きます。

次回更新は29日になるかもしれません。



本日もご訪問ありがとうございました。



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タグ:円覚寺
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円覚寺(続き) 10月29日(日) [鎌倉の寺社]

26日、27日の二日間はよく晴れた暖かい日でした。

昨日から曇り空になりました。

台風の動向が気になります。

前記事でお知らせしていた通り、26日、27日は晴天の下、中山道歩きをしてきました。

美濃路を離れ、近江路に入りました。(岐阜県と滋賀県の県境)

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道中記は次回の記事より始めます。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


円覚寺の続きです。

色とりどりの円覚寺境内一番奥の黄梅院から出ます。

今まで何度も来ていますが、こんな木がある事に気づきませんでした。

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黄梅院の階段の上から見ると少しだけ赤くなった紅葉が見えました。

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佛日庵の前まで来たところで法衣姿のお坊さんが僧堂の方から出てきました。

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円覚寺境内にはいくつかの塔頭寺院がありますが、その住職の方でしょう。

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久しぶりに佛日庵に入りました。

入る時に線香を渡されます。

開基廟前に立てます。

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開基廟の隣にある佛日庵で、前には大きな泰山木があります。

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大きな実が付いていました。

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久しぶりに抹茶を頂きました。

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お菓子は豊島屋の小鳩豆楽でした。

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横には大きな木蓮の木がありますが、もう来春の準備です。

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数年前、10月の台風で潮風にやられ、モミジの紅葉が見られなかったことがあります。

先日の台風の雨では何とか被害を受けなかったようです。

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いつもは乾いている道も浸みだした水で濡れていました。

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大方丈の庭のモミジも少し赤くなっています。

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普段はあまり気にしたことはありませんが、この辺りの崖はほとんどこんな地層です。

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大方丈の玄関前には大きなビャクシンの木がありますが、半分ぐらいコンクリートで補強されています。

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周りには古い石仏が沢山並んでいます。

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何時頃のもので、どこにあった石仏かよくわかりません。

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その内の一つです。

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それぞれ違う形の石仏です。

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向かいの高い所には色が変り始めたモミジが見えます。
(先ほどの崖の上です)

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徐々に総門の方に向かいます。

仏殿裏にシコンノボタンが咲いていました。

これは8月ぐらいから咲いていたように思います。

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仏殿裏にはヒメツルソバが一面に咲いています。

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仏殿前まで行き、選佛場の屋根越しに黄色くなった公孫樹が見えます。

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来た時は貸し切り状態でしたが、どんどん人が入ってきました。

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今年の春から、仏殿内は土足禁止になりましたので混雑します。

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総門前には外国人のグループがいました。

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来た時は晴れ間が出ていましたが、帰るころは曇り空なってしまいました。

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総門を出ます。

総門前のモミジは少し赤くなっていました。

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再び白鷺池の横を通って駐輪場に向かいました。

東慶寺はすぐそこですが、この日は午前中で帰りました。

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もうすぐ11月、鎌倉が込みだす時期になります。

11月末には紅葉もピークになるでしょう。

本日もご訪問ありがとうございました。



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タグ:円覚寺
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中山道歩き35の1(2017/10/26) 10月31日(火) [中山道を行く]

今度の台風は、一昨日(29日)の昼頃から強い雨になりましたが、夜中には上がったようです。

昨日は晴れましたが、昼前から強風で台風一過の散歩も出られませんでした。。

東京では木枯らし一番だったそうです。

夕方には丹沢と富士山のシルエットが見ることが出来ました。

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前記事でもお知らせしましたが、26日(木)、27日(金)に中山道歩きをしてきました。

今回の予定は下図の通りです。

緑の矢印が1日目、水色の矢印が2日目です。

最近はほとんど1泊2日です。

東海道を歩いた時は2泊3日でも行きましたが、今の脚力ではこれが適正かなと思います。

この行程で1日のんびりと15kmです。
(昔は一日25~30km歩きましたがさすがに今は無理です)

天気予報、体の調子、宿泊ホテルの確保可能かどうかを見て2日前ぐらいに決めます。

と言うわけで、基本的に傘を使うことはほとんどありません。

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いつものように小田原経由で名古屋に向かいます。

前日までの変な天気も上がりすっきりとした青空でした。

新幹線から久しぶりにきれいな富士山が見えました。

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(この写真だけスマホで撮影です)

名古屋から東海道線に乗り、大垣で乗り換え、垂井駅に着いたのは10時20分頃でした。

約1か月ぶりの垂井駅です。

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垂井駅前広場に武士の銅像が立っています。

竹中半兵衛重治公と言うプレートが付いています。

戦国時代の美濃の武将らしいですが、垂井町にとっては郷土の誇りだという事です。

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垂井宿に入っていきます。

宿場町らしい雰囲気ではあります。

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「煙草」と言う文字も見られなくなりましたね。

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それぞれの家には屋号が表示してあります。

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宿場町にある桝形の突き当りには亀丸屋と言う旅籠があります。

1777年に建てられた旅籠です。

内部も昔のままだそうです。

今も営業中かどうかわかりませんが、最近まで営業していたそうです。

調べてみると、口コミ(2015/9)、2016年6月の新聞記事、がありました。
(この頃は営業中でした)

でもこの建物ではちょっとためらいますね。

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この建物は立派ですね。

天保7年(1836)の浪花講道中記に出てくるそうで、丹波屋といいます。

この建物は大正元年に建てられた建物です

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玄関の上の瓦には英文字があります。

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ここは本陣跡ですが、今では歯医者さんがありました。

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鳥居のある通りを横切りました。

南宮大社と言う立派な神社があるそうですが、1kmも先なので通過しました。

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垂井町は宿場町として、盛り上げようとしています。

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隣に、廃業した大衆食堂などもありますが・・

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江戸時代は旅籠、明治以降は酒屋、現在は宿場休憩所として使われています。

お休み処「長浜屋」です。

平日でしたので閉まっていました。

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国登録有形文化財の小林家主屋です。

江戸時代は油屋で、明治以降は旅籠(旅館)だったそうです。

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松尾芭蕉が元禄時代一時逗留していたと言われる本龍寺です。

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垂井宿は昔の雰囲気がかなり残っています。

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宿場の端に近づきました。

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宿場の出口、西の見附跡まで来ました。

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歌川広重はここから関ヶ原方面を見た絵を描いています。

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現在は全く違います。

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上の写真の右端に小さな祠があり、お地蔵様があります。

普通は涎掛けのような物が多いですが、このお地蔵様は暖かそうです。

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少し広い道になりました。

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稲荷神社がありました。

案内板によれば「松島稲荷」と呼ばれ、本社は伏見稲荷だそうです。

松島はこの辺りの地名のようです。

道を進んでいくと踏切があります。

垂井一里塚の看板が見えます。

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上り電車が来ました。

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踏切を渡ると国道21号線です。

車の切れ目を見て渡ります。
(歩道橋がありますが、どうしても避けます)

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渡った後、後ろを見たら今度は下り電車が通りました。

この辺りは東海道本線と言っても上り、下りどちらも1時間に2本位しかありません。

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しばらく静かな道を進むと案内板がある建物がありました。

関ケ原山中、芭蕉ゆかりの地にあった建物を明治になってからこの地に移しました。

茶屋として昭和の初めまで利用されたという事です。

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隣に垂井の一里塚がありました。

真正面からの逆光で画像が悪いです。

日守の一里塚で、日本橋から112番目の一里塚です。
(日守はこの辺りの地名)

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先ほど渡った国道をまた渡り、静かな道になります。

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ここで垂井町は終わり、関ケ原町に入って行きます。

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次回に続きます。



本日もご訪問ありがとうございました。



D7500
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